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 雉学祭が終わり、非日常と日常を切り換えるために与えられた代休の初日。  神沢先生の車で向かった山中の家は、並大抵な家柄ではないと一目で分かるほどの立派な門構えに守られていた。  先生がその門についているインターフォンを押せば、少しして小さな女性の声がノイズ混じりに聞こえてくる。 「お待ちしておりました。開いておりますのでお入りください」  どうも、と声をかけて先生は俺にアイコンタクトでついてくるように促す。インターフォン横の人が一人通れるくらいの幅の扉を先生が開けると、先生の隙間から大きな灰色の石で出来た通路と、その脇に敷き詰められた白い石の海が見てとれた。  少し屈みながら扉をくぐった先生の後ろをついて俺も扉をくぐると、障害物がなくなり、この屋敷の全景が目に飛び込んできた。小気味良い音を鳴らす鹿威しに、時折水の跳ねる音がする池、まだ青々とした色づきを見せる木々たち。そして、その奥には昔ながらの大きな日本家屋が鎮座している。石の通路の先に見える玄関の扉は、先程の門に負けず劣らない幅がある。  思わず背筋を伸ばしてしまう光景に怯んだのが伝わったのか、先生が手を伸ばして軽く俺の背中を叩いた。その衝撃で止まった息をいつもより長く吐いて無言で頷けば、先生は玄関に向かって歩を進め始めた。  俺たちが玄関に辿り着いた瞬間、見計らったかのように玄関の引き戸がすーっと開く。現れたのは、決して派手ではないものの小綺麗な格好をした女性だった。胸の下まで伸びた黒い髪はきちんと手入れされているのかまとまっており、薄化粧で彩られた顔は、よく見ると山中の面影が感じ取れた。 「遠いところからどうも」 「いえ、こうした機会を頂き恐縮です」  微笑を浮かべて会釈する女性に、先生が頭を下げた。女性の視線が俺に移る前に、同じように頭を下げる。 「他の方は……」 「家の者は皆出払っております。夕刻頃までは帰らないので、お気にならさないでください」  どうぞ、と言いながら女性が俺たちに背を向けたのを目だけを動かして確認し、頭を上げた。家に上がり、広い廊下を抜けて、通されたのは応接間のような場所だった。  この場所は洋室らしく、毛足の長い絨毯の上に恐らく一人用の黒いソファーが二つと、大理石の机を挟んで向こう側に二人がけにしては長すぎる黒いソファーが一つ設置されている。  その長い方のソファーへ座るように促され、先生と並んで腰を下ろすと、少しして目の前に茶色い液体の入ったグラスを置かれた。 「お茶ぐらいしか出せませんが……」 「いえ、お気遣いなく」  人当たりの良い笑顔を向けた先生は、女性が向かい側のソファーへ座ったのを確認して、口を開いた。

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