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白々しい。それが目的だったくせに。
喜び勇んだ様子の戸田は、鼻歌まで歌いながら鞄から真新しいノートを出す。
ほら、持っていたじゃないか。最初から言え。
俺の心の声をよそにそのまま上機嫌でノートを写し出した戸田を、盛大に写し間違えろと念を送りながら横目で見ていると、大きな音を立てて教室のドアが開いて花咲が慌てた様子で入ってきた。
何か大変なことでも起こったのかと一瞬身構えたが、鼻息荒い花咲の様子を見るにどうやら何かに興奮しているようだ。またろくでもないことを言い出しそうだと内心呆れながら、とりあえず訊ねてみる。
「どうしたんだ、花咲」
「転入生、イケメンばっかなんだけど!」
普段の三倍くらいの声量で叫び、目をキラキラさせる花咲。これは絶対に妄想してる目だ。
予想を裏切らなかったことに若干感心すら覚えつつ、期待に満ち溢れた危険な目で俺を見てくる花咲に渋々話の続きを促した。
「で?」
「『で?』じゃないよ! 藤原君との絡みも期待してるんだから!」
花咲が怒ったように眉を寄せて俺の机にバン、と手をつく。
いや待て、俺を巻き込むな。
そう言ったって、この男は萌えというやつの為なら手段を択ばないだろう。
はあ、と溜め息を吐く俺を余所に花咲が滔々と妄想を語り出した瞬間、始業のチャイムが校内に鳴り響き神沢先生が怠そうに教室へと入ってくる。
「テメーら座れー」
怠さを隠そうともせず低いテンションのまま先生が言うと、立っていた生徒たちがわらわらと席に着いた。まだ興奮して語り続ける花咲を力に物を言わせて無理矢理座らせ、一仕事を終えた俺も椅子へ腰を下ろす。
全員が席に着いたことを確認して、先生はやっといつも通りのやる気を含んだ声で──とはいっても僅かしか変わらないが──こう告げた。
「よーし、今から転入生の紹介すんぞ。このクラスに入んのは二人だけだから仲良くしろー」
はーい、と教室のあちこちから、小学生よろしく元気のいい返事が聞こえてきた。俺の後ろにいる花咲も不気味な笑い声混じりの返事をする。
素直だな、みんな。
ただな、花咲。お前の返事にはやましい思惑が溢れすぎだ。滲み出るどころじゃない。
先生に手招きされて入ってきたのは、俯きがちで少し暗い雰囲気の奴と、一瞬女性に見間違える程顔が綺麗だが、無愛想な奴だった。
「黒矢昴 と白谷光琉 だ」
「よ、宜しくお願いします……」
「……」
首筋から黒縁眼鏡をかけた目までを覆う、もさっとした名前通りの黒い髪も相俟って、どんよりとした雰囲気を纏った黒矢は小さい声でどもりながら挨拶をした。一方、薄い亜麻色のマッシュボブの白谷は、少し吊り上がってはいるものの大きく開かれた色素の薄い瞳をあらぬ方向に向け、何も言わなかった。
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