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突然部屋に訪ねてきた橘に、会長が襲われたと告げられたのはその日の夜だった。
日中に橘から聞いた話が気になって橘と一緒に病院へ向かうと、水野が待合室で先生に背中をさすられながら泣きじゃくっていた。真っ赤に腫れた目から流れ続ける大粒の涙は遠くからでもよく分かる。しゃくり上げる声はがらがらになっていた。
先生によると、水野が友達の部屋から帰っているときに寮の階段の近くで血まみれで倒れていたのを見つけたらしい。検査の結果は全身打撲に肋骨二本骨折。内臓は無事だったのが唯一の救いだろう。不意を突かれたとしても、三年生最強とされている会長がここまで手酷くやられるだろうか。
先生に案内されて向かった病室では、既に意識が回復したらしい会長がベッドに横たわっていた。至る所が包帯に覆われ、音に気付いて首だけを動かしてこちらを見た顔は、半分しか見えていなかった。その半分も所々に痛々しい痣ができている。
「成海、大丈夫か……?」
「結構……辛い……」
ベッドの傍にしゃがみ込んだ橘の問いに、顔を歪めながらゆっくりと口を小さく動かして答える会長。その顔が、橘の後ろにいた俺に気付いて、さらに歪んだ。
「お前のせいだ、藤原聖! っつぅ……」
会長は呻き声を漏らしながら、閉ざされていない片眼で俺を睨みつける。その形相が余りにも憎悪に塗れていて、俺は急に溜まりだした唾を呑み込みながら無意識に体を後ろへ引いていた。先ほどよりも開いた俺と会長の距離を埋めるように、橘が俺の前に立つ。
「待て、成海。転入生にやられたんだろ?」
「そうだよ……! あいつら、寄ってたかって……!」
「どんな奴か分かるか?」
「一年の……Aクラスの奴らだ……。夏休み中にチームで暴動を起こして……チームのほとんどが捕まってる……」
動かない口を無理矢理に動かしてそこまで言うと、また会長は橘の後ろで立ち尽くす俺に鋭い視線を向けた。
「そいつらに『藤原聖を知らないか』って聞かれたんだ……っ! 知ってるんだろ……あいつらのこと!」
やはりだ。会長も同じことを聞かれている。
会長の言葉がやけに耳に残る。知らない。そんな奴らなんて、全く知らない。それなのに、記憶に靄 がかかったようなこの違和感はなんだ。何かを忘れているのか。
「……俺は、知りません」
努 めて冷静に言い放とうとした回答は、やけに掠れた音になった。
「だったら何であいつらは……っ!」
体ごとこちらへ詰め寄ろうとしてきた会長に、落ち着け、と橘が優しく手を添えて制す。自分を心配する橘の顔を見た会長は、さらに問いただそうと開いていた口を、渋々といった様子で閉じた。それと同時に、俺の口から息が漏れ、強張っていた身体が少しだけ緩む。橘はそんな俺を目だけで確認したあと、また視線を会長に向けた。
「さっきチームって言ってたな? それはあれか、族か?」
「うん……割と有名な、ね。……『全知全能 』ってチーム、知らない?」
中学生が調子に乗ってつけたような名前を会長が告げるが、橘は首を傾げただけだった。それを見た会長が、視線を俺に移す。名前を聞けばわかると思ったのか、目でどうなんだ、と問いかけてくる。しかし、ぱっと聞いて思い出せる範囲の記憶にはない。
……でも、どこかで聞いたことがあるような──。
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