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「あ……」
「どうした藤原」
「……そのチームのメンバーに、同じ中学の奴がいたような気がする」
記憶の隅に微かに残っていた中学時代の噂。随分と痛々しい名前だと思ったからか、脳に刻まれたらしかった。しかし、思い出した記憶にはチーム名とそれに入っている奴がいるという情報しかなく、そもそもその噂が本当なのかもわからない。
「やっぱり知ってんじゃねえか……!」
会長が先ほどよりも眉間に深い皺を刻む。少しでも距離を詰めれば射抜かれてしまうのではないかと思うほどの視線。その視線を、橘が再度遮る。
「成海、そのチームの特徴とか分かるか?」
「……待って、そういうのは、福永 に聞いた方が確実……、……水野」
「っは、はい!」
背後から掠れた返事が聞こえ咄嗟に振り向くと、待合室で泣きじゃくっていたはずの水野がそこにいた。真っ赤に充血した目を潤ませた水野は、会長の呼び声だけで何かを察したのか鼻を大きくすすりながら慌てて病室から出て行く。
「福永って誰だ?」
「副会長だよ……健吾、会ったことあるでしょ……?」
「知らない」
「……ほんとに健吾って、っ興味ないことは、覚えてないよね。会えば分かるよ……」
喋りにくそうに、しかし器用に溜息を混ぜながら会長が言った。呆れた様子の会長を見て、橘は少し不貞腐れたような表情になる。
そこから暫く誰も口を開かず、沈黙が病室を支配した。ベッドの側にある棚の上に置かれている時計の針の音が、カチカチ、と静寂の中で独壇場のように響く。そのステージから時計の針を引きずり降ろしたのは、廊下から聞こえる足音だった。
二人分の足音が徐々に大きくなり、少しして病室のドアが開かれ、水野が眼鏡をかけた長身の男を連れて現れた。
髪が黒く落ち着いていて、すらりとした姿勢から優男にも見えたが、よく見れば顔付きは男らしく、半袖から伸びる腕には俺よりもしっかりとした筋肉がついているのが分かる。
「会長様、お呼びしました」
「ん。……福永」
会長がその男のものらしい名前を呼ぶと、男は俺の横を通り過ぎてベッドから少し離れた位置で立ち止まった。男は会長の姿をじっと見つめて全身を無彩色の目だけで追うと、真面目そうな端正な顔をにやりと愉しそうに歪ませた。
「無様だな、大北」
「んなっ……うっ!」
会長が眉を吊り上げて思わずベッドから身を乗り出そうとしたが、痛みに呻いてベッドに舞い戻る。
「おいっ」
「会長様! 大丈夫ですか!?」
橘の心配そうな、そして水野の切羽詰まった声に、痛みを堪え微笑みを浮かべる会長。
そして、憎々しげに男に鋭い視線を向けたまま、男の紹介をした。
「……とりあえず。こいつが副会長の、福永達哉 」
「ああ、あんただったのか」
橘が副会長を見て納得した様子で言う。
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