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 その腕の下に自分の腕を通し、小さな花咲の体を抱き寄せる。軽くぽんぽん、と背中を叩いてやれば、ぎゅ、と花咲の腕が俺の背中に回される。耳元からは、微かな嗚咽が聞こえてきた。  優しいな、花咲は。  心の中で密かに告げる。  純粋で綺麗で輝く花咲がいるから、どんなに深い闇に潜ってしまっても、その光を辿ってこの世界に帰ってこれる。  花咲の背中を擦りながら顔をあげれば、花咲の向こうにいる水野と目が合った。水野は、びくりと体を震わせて暫し目を泳がせたあと、俺の目を一直線に見て口を開いた。 「お、俺も! 藤原は友達で、仲間だし! ……それに、藤原が助けてくれなかったら、俺、ここに居れなかったかもしれない」  そう言った後、水野が顔を火照らせながら花咲と同じように腕を伸ばしてきた。  ……皆、甘えたい時期なのか?   花咲から一旦体を離し、右腕で花咲、左腕で水野の体を抱き寄せる。まるで子どもをあやすように二人の背中を緩く叩けば、右耳からは嗚咽が、左耳からは何故か荒い息が鼓膜を揺らした。 「ここは託児所か?」  俺たちを見てそう呟いた副会長に、「俺は保育士じゃないんですけどね」と返せば、副会長は右の口角を上げて、ふ、と笑いを溢した。 「……あんまりべたつくなよ」  暗く低い声が頭上から降ってくる。見上げれば、これでもかと眉を中央に寄せて見るからに機嫌の悪い橘の顔があった。 「……お前もやってほしいのか」 「俺はお前を抱きたい」 「却下だ」  橘の言葉に被せる勢いで返答すると、橘は更に眉間の皺を深くした。こいつの言葉は危険な匂いがする。 「決まりだな」  長谷川の言葉に、副会長が頷く。  ソファーから立ち上がりながら、副会長が言葉を紡いだ。 「とりあえず全学年のDクラスとEクラスの面々には話をしておいた方がいいな。参加するかは個人の自由だが、知らずに襲われるなんてことになれば、こいつも夢見が悪いだろ」 「じゃあそれぞれのクラスの担任に──」 「いや、教師を巻き込むと面倒なことになりそうだ。全クラスの委員長の名簿があるから、そいつらに話をしてそれぞれのクラスの奴らに伝えてもらおう」  長谷川の案を遮って、副会長はそう言って眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。  何故そんな名簿を副会長が持っているのか聞けば、生徒会だから、という答えが返ってきた。  なるほど、生徒会の存在が少なからず役に立ったという訳だ。無駄なものだと思っていたが、意外なところで使えるな。  副会長が床に置いていた荷物を手にとった。 「もう時間も遅い。今日のところは引き上げる。明日は気をつけて学校に来いよ」 「俺が迎えに来る。部屋で待ってろ」  橘の手が俺の頭に乗る。一瞬断ろうかと思ったが、花咲のことも考えて無言で頷いた。戦える戦力は多い方がいい。  水野と花咲を腕の中から解放し、部屋をぞろぞろと出ていく皆を見送る。  最後尾にいた橘が廊下へ出て、俺がドアを閉めようと玄関へ降りると、くるりと振り返った橘に抱き締められた。 「俺が護るからな」  耳に直接入ってくる、橘の言葉。耳から下半身の方へ、ぞくり、と背筋に走った刺激に気付かない振りをして、俺は小さく頷いた。

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