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 次の日、橘は約束通り部屋まで迎えに来た。いつも俺たちが部屋を出る一時間以上前に。 「なんでまたこんな早くに来たんだ」  昨晩遅くまで起きていたせいか珍しく寝惚け眼の花咲に顔を洗ってくるように指示しながら、外で待たせるのも忍びないとひとまず部屋に上がらせた橘に問う。  俺が悪夢のせいで夜通し起きていて部屋のインターフォンに気付いたからいいものの、以前のように寝ていれば恐らく半時間ぐらいは外で待ちぼうけになっているところだ。 「授業が何時からなのか分からなかった」 「分からないってお前、普段何時に行ってるんだよ?」 「気が向いた時間に」  橘が当然といった様子で言い放つ。  常に屋上でしか見かけないから薄々勘付いてはいたが、こいつ、まともに授業も受けてないな。  冷蔵庫に入れていたコーヒーをカップに注いで、レンジで温めたパンを皿に移し、それらを両手に持ってリビングに向かう。 「もう一時間遅くてちょうどくらいだ」  テーブルにカップと皿を置いて橘の隣に座り、パンを頬張りつつそう告げれば、橘は素直に顔を縦に一度動かした。 「そうか、分かった。次から気を付ける」 「次って、……もしかして毎日迎えに来るつもりか?」 「もちろんだ」  今日の迎えは昨日の今日だから念のため、くらいに俺は捉えていたのだが、これまた当然だと即答する橘に、俺はパンを口に咥えたまま橘の方を向いて何回か瞬きを繰り返す。 「なんだ? 反対側から食べればいいのか?」 「馬鹿か」  訳の分からないことを言いながら大口を開けて迫ってくる橘の顔を押し退けて、パンに手を添えて食い千切ってそう言えば、何故か橘は不服そうな表情を浮かべた。その顔が何かに気付いた表情に変化し、もさもさと咀嚼をする俺の口元に橘の親指が触れる。 「ついてるぞ」  俺の顔から離れた指にはパンのカスが付いていた。橘はそれを迷うことなく口に持っていき、小さく舌を出して舐めとった。  その瞬間、凄まじい視線を感じ、背筋に悪寒がぞわっと走る。恐る恐る視線の元へ目を向ければ、リビングのドア付近にパジャマ姿の花咲が立っていた。先程まで殆ど開く様子もなく擦られていた花咲の目が、これでもかというほど見開かれている。 「あ、僕のことは気にしないで。続けて続けて」  ぎらぎらとした瞳を俺たちに向けたまま、花咲は鼻息荒くそう告げる。何を続けさせるつもりだ。   「顔洗ったんなら着替えてこい」 「あとちょっと! あとちょっとだけ萌えが欲しいです!」 「朝から拳骨食らいたいのか?」  ぐっと拳を握り込んで脅せば、花咲はひっ、と小さく悲鳴を上げて見るからにしゅんとなり、とぼとぼと寝室へと入っていった。  俺たちのやり取りを横で眺めていた橘が、にぃ、と口角を上げる。 「俺は別に続けても良かったぞ」 「お前はもう喋るな……」  はあ、と大きな溜め息を吐いて、残りのパンを口に詰め込む。そんな俺の様子を、橘は何故か楽しそうに見ていた。  

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