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 恐怖が場を支配した息苦しい授業が終了し、大多数のクラスメイトが新鮮な空気を求めて教室から一目散に逃げていく。その恐怖の根源である先生が、同じく逃げ出そうとしていた俺を視線でその場に縫い付けながら、ゆっくりと歩いてきた。 「さーて、やっとゆっくり話せるなあ?」  表情としては笑顔で間違いないのだが、先程不良共のせいで浮き出た額の青筋は、引っ込むことなくぴくぴくと動いていて、余計に恐ろしさを増幅させている。  逃げ遅れた戸田や花咲、そして黒矢にまで視線を順番に移した先生は、最後に俺に視線を戻した。痛いほどに突き刺さるそれに、心のうちを読まれているような感覚を覚える。口内に滲み出した生唾を呑み込みつつ、そのまま沈黙した先生とにらめっこ状態になって数秒後。 「おい、静利」 「ひゃい!? な、ナンデスカ?」  まさか自分が呼ばれると思っていなかったのだろう。慌てながら戸田が引っくり返った声で返事をすると、先生はゆっくりと戸田へ目を向けた。 「どういうことか説明してもらおうか」 「な、何で俺!? そこは名前呼ばれてた聖ちゃんでしょ!」 「藤原に聞いたってちゃんと言わないだろ。なァ?」  ちら、と先生が呆れを含んだ目で俺を見る。先程の沈黙は、やはり俺の腹を探るためだったわけだ。流石担任というべきか、よく俺のことを分かってるな。  逃げ道を塞がれた戸田が責めるような目を俺に向けてくるが、わざとらしく視線を逸らして逃げた。 「あーはいはい、俺が言えばいいのね。簡単に言うと、『聖ちゃん、死の危機!』って感じ?」 「それは簡単すぎないか!?」  適当すぎる戸田の説明に思わず突っ込む。  流石に説明が足りなさすぎる。色々勘違いされるだろ。 「だったら聖ちゃんが言えばいーじゃんよー」 「俺じゃ言えないって先生が判断したから戸田に聞いたんだろ」  俺と戸田が少し言い合っていると、先生の方から物凄い負のオーラが漂ってきた。 「どっちでもいいから早く言え」  地を這う音で表されたその一言に俺たちは大慌てで口々に喋り出し、更に「一人ずつ喋れ!」と叱られてしまった。もちろん、俺たちの姿勢がもう一段階良くなったのは言うまでもない。  仲良く二人で先生に事情を説明すれば、先生はふむ、と腕を組んで、口角を上げた。 「──成る程な。面白ェじゃねえか」 「また先生までそういうことを……」  仮にも『殺し合い』なんだが。止めるとか、そういう発想に至らないのかこの人は。  俺が溜息を吐くと同時に、先生は俺の机にどかっと腰を下ろし俺の肩に腕を回してきた。手加減のない力で絞められた首が悲鳴を上げる。 「せ、先生、くるし……」 「守ってやるよ」  先生の言葉に一番に反応したのは戸田だった。俺の首を心配してか下がっていた眉が、瞼と一緒に上へと上がり、驚いた表情へと変化する。 「え、でもりっちゃん、先生なのに……」 「関係ねえよ。教育的指導だコラ」  頭から角でも生えてきそうな程黒い笑みを浮かべる先生。教育的指導って本当に大丈夫なんだろうか。  首に巻き付いている太い腕を両手で掴みながら、俺の頭上にある顔に向かって疑問を投げかけた。 「体罰とかにならないですか?」 「この学園に体罰なんか気にする奴がいると思うか?」 「ごもっともで……」  何度か忘れかけているが、ここは犯罪者だらけの学園だ。そんなことを気にしていた方がみんなに軟弱だと思われてなめられるだろうな。 「じゃありっちゃん参加か!」 「一君、暴走はしちゃだめだよ」  戸田の声色には喜びが溢れ出ている。花咲も注意こそしたものの安堵したような表情を見せていて、幾分か気が休まったのだろうと読み取った。  むしろ、先生が味方に付いてくれることに安心しない方がおかしいだろう。危険なことに巻き込んでしまう申し訳無さもあったが、自分より遥かに強い先生の参戦に、俺自身嬉しさを混ぜた息を吐いた。  その時、近くでがた、と大きな音がした。

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