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 俺たちの視線が一斉に向いた先は、戸田の後ろの黒矢だった。両手を机について立ち上がっていた黒矢は、夏だというのに小刻みに体を震わせていた。元々肌は他の生徒と比べて白い方ではあったが、今の黒矢の顔は病的な白さで、もはや青色といっても良いほど血の気が失せている。 「どうした?」 「……ち、ちょっと、しんどいんで……保健室、行ってきてもいいですか……?」 「ああ、いいぞ。大丈夫か?」  俺の首を解放して心配そうに先生が聞くと、黒矢は辛そうな声で「大丈夫です……」と笑った。そのまま覚束ない足取りで教室をふらふらと出て行く。 「あいつ本当に大丈夫か?」  先生がそんな黒矢の後ろ姿を見送りながら心配そうにそう言うと、黒矢の後を追いかけるためか机から腰を上げた。その瞬間、がた、と先程と同じような椅子を引く音が少し遠くで聞こえ、黒矢が出ていったドアの方へ一人の生徒が歩いていくのが見えた。  ドアから出る間際に、その生徒が俺たちの方へ振り向く。  ──白谷だ。 「……俺がついていく」  そう一言だけ告げて、白谷は教室から出て行った。初めて聞いた声は顔に似合わないバリトンボイスで、俺たちは何も言えずにドアに釘付けにされた目を何度か瞬きする。 「あいつ、喋れたのか」  ぽつりと先生の言った言葉に、俺たち三人は呆けながらこくりと頷いた。  休み時間も終わりに近づき、ぞろぞろと帰ってくるクラスメイトたちの存在で我に返る。慌てて教室を出ていく先生を見送って、次の授業の用意をしながら、俺は先程の白谷に違和感を抱いていた。  俺には、白谷は人と関わることを酷く嫌っているように見えた。話し掛けても何も喋らないし反応しない。かと思えば、此方へ来るなとでも言いたげに遠くから睨み付けてくる。俺だけではなく、人から好かれそうな戸田や花咲にまでそんな態度だった。  いくら同じ学校から来たとはいえ、何の感情もなしに、わざわざ黒矢の容体を気にして保健室まで付き添うような人間だとは思えないのだ。  黒矢にも不自然な部分はある。 『……僕なんかが……白谷くんの友達なんて……、し、失礼です……』  転入初日に黒矢が言った言葉。  初めは黒矢自身の性格から来る行き過ぎた謙遜かと思ったが、どうも違うような気がする。俺からすれば、黒矢よりも白谷の方が難を抱えているように見えるし、黒矢がそんな白谷に対してそこまで謙遜する理由も分からない。ならば、黒矢が白谷に対して後ろめたいと思っている理由は、もっと重く、暗い理由なのではないか。  そして先程の青ざめた表情。朝の委員長からの話の元凶が俺だということを知って、傍にいるのが怖くなったのかと思ったが、恐らく違う。  偶然かもしれないが、黒矢は先生がと決まった瞬間に動いたのだ。   「……花咲の勘も馬鹿に出来ないな」 「え?」  首を捻った花咲に「何でもない」と告げて、もう少し黒矢のことを考える。  俺たちは恐らく一度も、黒矢の本心を見ていない。黒矢は何かをひた隠しにしている。 「……花咲」 「何?」 「黒矢に何かおかしなことがあったら、すぐに言ってくれ」 「いいけど……、黒矢君がどうかしたの?」 「いや……少しな」  もしかしたら俺の思い違いかもしれない。むしろそのほうがいい。だから明言しない方が良い。  授業の始まりを告げるチャイムの音を聞きながら、俺は疑問と不安が入り雑じった暗い感情をどうにか振り払おうと、両頬を軽く手で叩いた。

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