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 すらりと伸びた長躯(ちょうく)に、『王子様』と揶揄される甘いマスク。愉しげに笑うその人物の伽羅(きゃら)色の髪を掬うように、やけに冷たい風が吹き抜ける。   「よう、聖。久しぶりだな」 「……お久しぶりです、桑山先輩」  桑山先輩はまるで久々に出会った知り合いのように、気さくに話しかけてきた。警戒をしつつ返事をすれば、橘が戸惑った表情で俺の方へ視線を寄越す。その視線に顔をどの方向に振ることも出来ず、ただ同じように戸惑いを込めた目で見返せば、橘は眉間の皺を深くして桑山先輩を見据えた。 「ん? お前見たことあるな……ああ、大北がご執心のSクラスの奴か」  更に笑みを深めた桑山先輩が、片眉を吊り上げた。 「大北は捨てて聖に鞍替(くらが)えしたってとこか?」 「黙れ。藤原以外に恋愛感情を持ったことはない」  怒りの感情が含まれた声色を嗤うように、桑山先輩はひゅっと口笛を短く鳴らす。 「愛されてんねえ」 「……何の用ですか」  これ以上橘を刺激されないように桑山先輩に問うと、くく、と弧を描いた口元が笑い声を溢した。 「『王様殺しの始まりだ。藤原聖──王様は俺が殺す。必ず無傷で連れてこい。それ以外は好きにしろ』……だとよ。楽しそうなゲームしてんじゃねえか。俺から見たら、哀れでひ弱なお姫さまってとこだけどな」 「…………」  口を(つぐ)む俺たちに、こき、と首を鳴らして桑山先輩が一歩ずつ近付いてきた。橘の腕が、俺を守るように自分の背中へと俺を誘導する。 「俺はあんな訳の分からねえガキの言うことなんか聞かずに第三陣営としてお前を殺してェんだけど、如何(いかん)せんアイツについてる奴らが多過ぎてさぁ。それに加えてお前らの陣営からも狙われたら、流石の俺も堪ったもんじゃねーわけよ」  橘から一メートル程距離を空けて、桑山先輩の両足が止まる。橘の肩越しに桑山先輩の鋭い視線に貫かれ、本能的な恐れに湧き出た冷や汗が、こめかみからたらりと流れるのが分かった。  そんな俺の反応を愉しむように、ぐにゃり、と桑山先輩の口元が歪に吊り上がった。 「つー訳で、みすぼらしい戦力の哀れなお姫さまにスペシャルサービスだ。俺がどっちにつくかお前に選ばせてやるよ、聖」 「……?」  何を考えているんだ、この人は。  この状況で、司馬の方につけなんていう選択肢を選べるわけがない。桑山先輩の強さは以前手を合わせた際に嫌と言うほど思い知った。あんな人が向こうにつけば、それだけで皆を危険に巻き込む確率は爆発的に上がってしまう。  だからと言って、味方になってくださいと言って素直に聞くような人じゃないのも分かっている。仲間のふりをして内側から崩壊させていく方が、敵対するより容易い。  どちらに転んでも、桑山先輩が危険人物であることに変わりはない。  ならば。  

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