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「下がっててくれ」
「っおい」
橘を後ろに引っ張り、入れ替わるように桑山先輩の前へ立った。
近づいた分、桑山先輩から放たれる視線の鋭さが増す。獲物を狩るような目に貫かれた心臓が、ばくばくと煩 いほどに大きな音を立てた。
「………………俺たちの方に、ついてください」
「……」
俺の答えに、すぅ、と桑山先輩の目が細くなった。視線による圧力が、細くなった分凝縮されて俺へのし掛かる。そこに混ざった──殺意。
桑山先輩の足が一歩、踏み出された。瞬間、周りの空気が酷く重苦しい、緊張感のあるものに変化する。まるで処刑までのカウントダウンが始まったかのような、そんな張り詰めた空気。
やはり、桑山先輩はこんな答えでは納得しない。ハイリターンを求めるなら、ハイリスクを受け入れるしかない。
また一歩近づいた桑山先輩に、続きの言葉を投げた。
「この馬鹿げたゲームが終われば、貴方に俺を殺すチャンスをあげます。だから、このゲーム中だけは、俺の仲間に危険が及ばないようにしてください」
「藤原……ッ!?」
さらに一歩踏み出しかけた桑山先輩の足が止まった。焦ったように呼び掛ける橘に手だけで静止を促し、興味深そうな色を含んだ桑山先輩の目をじっと見つめる。
数秒の静寂。僅かな呼吸音すら許されない、無の時間。
視界に映る、閉じられていた薄い唇が開いた。
「その前にお前が死んだら?」
「……先輩は、獲物をみすみす横取りされるような間抜けじゃないですよね?」
「──っはは、ははは、ハハハハハハッ!!」
今までのような揶揄 うような笑い声ではない。聞いたことのない桑山先輩の声。心の底から愉快で仕方がないというような、そんな笑い声が静かな廊下に響き渡る。
「そうこなくっちゃなあ! いいぜ、お前らについてやるよ。たった今からだ。なァ!」
桑山先輩が目を見開きながらの獣のような犬歯を剥き出しにして、俺たちの方へ向かってくる。
狙いは俺たちか──いや、違う。
桑山先輩に立ち向かうためか、背後で橘が動き出そうとする気配を感じ、今度はもたれ掛かるようにしてその動きを止めた。
「藤原、何を──」
橘が焦りを含んだ声を発したと同時に、桑山先輩は俺たちの横を通り抜けた。その直後、俺たちの後方から鈍い打撃音と、くぐもった呻き声が聞こえてきた。続けて三発、同じような打撃音と床に重たい何かが落ちる音が響く。
振り向けば、苦しそうな声を漏らしながら地面に這いつくばる生徒が三人。そして、桑山先輩は唯一倒れていない生徒の頭をわし掴んでいた。既に一発入れられたのだろう、腹を押さえて不規則な荒い呼吸を繰り返しているその生徒は、眼前に佇む恐怖に対して、為す術もなくわなわなと唇を震えさせている。
「目が覚めたらテメェらのガキ大将に伝えろ。ここはお山じゃねえんだってな」
桑山先輩の長い脚がすっと後ろへ引かれ、鞭のようにしなりながら生徒の腹へとそれを押さえる腕ごと叩き込まれる。頭を掴まれているせいで体を逃がすことすら出来なかった生徒は、開きっぱなしの口から吐瀉物を吐き、ぐるんと白目を剥いて桑山先輩が頭を解放すると同時に人形のようにその場に崩れ落ちた。
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