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「はーすっきりした」
晴れやかな微笑みを浮かべながら腕を天に伸ばして伸びをする姿に、直前までの冷酷な面影はない。
「これで好き勝手動けるわ」
「そいつらは……」
「俺の監視役。朝から付きまとわれててうざかったんだよな」
小さく聞いた質問に桑山先輩は怠そうにそう答えた。仮にも自陣営であったはずの桑山先輩に監視をつけたのは、俺と面識があったのを知っていたからだろうか。
あまり顔を合わせることのない桑山先輩でさえこうしてマークされているなら、俺と普段関わりのある奴らは尚更危ない。
無意識に噛んだ唇に、そっと触れる指先。かさついた肌が、歯が食い込んだ唇を下に押し下げる。
「噛むな。傷がつく」
命令口調にしては穏やかな優しい声で、橘が言う。頷く代わりに、歯を唇の内側へ戻した。
床に転がる生徒たちに背を向けた桑山先輩の目が、再び俺たちを映す。その薄茶色の円が俺たちに向けた線に、先程感じた殺意はもうなかった。
「俺たちについてくれるってことで、いいんですね?」
念のために確認すれば、桑山先輩はにい、と口角を上げて悪戯な笑みを浮かべた。
「殺されたくないから味方につけってお前が言ってたら、遠慮なく殺してたんだけどよ」
遠回しな、肯定の返事。
ほっとすると同時に、桑山先輩の言葉に嘘が含まれていないことを悟って、背筋に薄ら寒いものを感じた。やはりあの時感じた殺意は本物だった。答えを誤っていたら、床に這いつくばっていたのは俺だったかもしれない。
あくまで平静を装いつつ、桑山先輩へ言葉を返した。
「……遠慮はして欲しいですね」
「ハハッ、でもこれが終わったら殺らせてくれるんだろ?」
「俺は『チャンスをあげる』としか言ってませんよ。殺せるかどうかは桑山先輩次第です」
俺の言葉に、桑山先輩の顔から笑顔が消える。一呼吸置いて、先程よりも愉しげに歪んだ顔が、ゆっくりと俺たちの方へ近付いてきた。
「大口叩くじゃねーか」
「一応中身も伴ってるつもりですけどね」
「バーカ、言ってろ」
「っう……!」
すれ違い様に桑山先輩から額を押すように叩かれ、不意打ちによろめいた体がぽすり、と橘の胸へと収まった。「大丈夫か?」と橘の心配そうな声が鼓膜を揺らした。
はははっ、と短い笑い声をあげて、桑山先輩の足音が遠ざかっていく。そんな音を聞きながら、俺は少しばかり呆けてしまっていた。
手を上げるモーションすら見えなかった。夏休みのあの日より、確実に腕が上がっている。今の桑山先輩に本気で襲われたら、本当に命が危ないような気がする。
「ちょっと間違えたかもしれないな……」
「どうした?」
「いや、何でもない」
体勢を戻しながら誤魔化すと、何かを察したのか、橘は「俺が護る」と昨日から何度も聞いている言葉をまた口にした。
「分かったって。それより早く行こう。道草を食い過ぎた。またこれが来たら厄介だ」
ちら、とのびている生徒たちに視線をやれば、橘はこくりと頷く。他の生徒たちに見つかる前に、俺たちはその場をあとにした。
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