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 口を押さえて悶絶していると、橘は溜め息を吐きながら水を入れたコップをキッチンから持ってきてくれた。それに飛び付いて、口内を鎮火させるために一気に流し込む。良く冷えた水が荒れた舌や粘膜を撫でることで一瞬ましになるが、すぐに温くなって痛みがぶり返す。 「だから止めとけって言っただろ」  隣で頬杖をつきながら呆れたような声色で放たれた言葉が、俺にぐさりと刺さる。  確かに言われたが、こんなに辛いなんて思わないだろ。  橘が持ってきた水では足りず、今度は自分で水を汲みにいき、何杯も水を飲んでやっと我慢できるくらいの刺激にまで落ち着く。  ヒリヒリと痛む舌を何とか動かしてキッチンから声を張り上げた。 「かっっら……! よくこんなの食えるな!」 「その言葉、もう聞き飽きた。何でこの美味さが分からないのか不思議だ」  見るからに不機嫌な表情でそう言った橘は、平気な顔で劇物カレーを食べ進めている。  俺はお前の味覚が不思議だ。というかよくそんな味覚であんな美味いカレー作れたな。正しいはずの味覚の持ち主の俺は作れないのに。  宇宙人を見るような視線を橘に浴びせながら、とりあえずリビングに戻って残りのカレーを口に入れる。先程の反動か、酷く甘ったるく感じるのは橘の呪いか何かか。くそ、余計な冒険をしなければよかった。  甘さと格闘しながら何とか腹に収め、食べ終わった食器を持って立ち上がる。 「先に風呂入っても良いか?」 「ああ。湯は入れてあるから」 「分かった。洗い物は俺がやるから置いといてくれ」  そう告げて、食器を流しに持っていき、荷物の中から着替えとタオルを持って浴室へ向かう。  脱衣所からして広い。浴室へ入れば目に飛び込んできたのは、大の大人でも二人は余裕で入れるような大きな白い浴槽。しかもその中の湯は、ぶくぶくと泡を吐き出している。これがジャグジーというやつか。生で見るのは初めてだ。 「なんつー豪華な……」  そう言いながらも、ちゃっかり人生初のジャグジーを楽しんだ。中々いいもんだな、これ。  ジャグジーの魔力に負けたせいで普段より長風呂になってしまった。顔も体も十二分に温まって火照っている。  さっとしか拭いていないせいでまだ濡れそぼった髪のまま、黒いTシャツとグレーのスウェットを着て、肩にタオルを羽織りながらリビングに戻ると、橘が目を丸くして俺を見ていた。 「ん?」 「お前……エロいな」 「は?」 「……風呂入ってくる」  少し前屈みになりながら、さささ、と風呂へ去っていく橘の後ろ姿を見送る。 「エロいって……何だよ」  やっぱり橘は宇宙人なのかもしれない。

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