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 橘が風呂に入っている間に食器を洗おうとキッチンへ向かうと、流しに置いたはずの汚れた食器はなく、代わりに水切りかごに綺麗に洗われた食器が二人分置かれていた。俺が洗うから置いておけって言ったのに。これでは世話を焼かれっぱなしで何だか落ち着かない。  やることを奪われてしまった俺は、また絨毯の上に腰を落ち着け、つけっぱなしのテレビから流れるバラエティー番組を視界に映す。興味はこれっぽっちも湧かないが、他に特段やることがない。  半分意識を飛ばしなからテレビを眺めていると、風呂から上がった橘が、片手で髪をがしがしと拭きながらリビングへと戻ってきた。 「橘、洗い物──」  ありがとな、と続けようとした言葉は途中で途切れた。  下は濃灰色のスウェットを穿いているが、上半身は裸のままの橘。初めて見るその裸体に、思わず目を奪われる。  くっきりと六つに分かれている腹筋。その筋を、拭き残した滴が一つ、二つと痕を残して流れ落ちていく。胸板も厚く、腕も俺とは比べ物にならないくらいに太い。  俺も適度に筋肉はついている方だと思うが、こいつのは反則だ。男が憧れるような、逞しい体。悔しいが、とても羨ましい。 「何見てるんだ? さては見惚れたか?」 「羨ましい……」  ニヤリと笑った橘に素直な感想を漏らすと、予想していた答えとは違ったのか、橘は口角を落として、呆気にとられた表情で何度か瞬きをする。 「……お前はそのままでいいと思うぞ」 「良くないだろ。もっと強くなりたい」 「筋肉があるから強い訳じゃ……」 「それでも欲しい」  無い物ねだりをする俺に、はあ、と溜め息を吐いた橘が、横に座りこんで俺の頭をくしゃりと撫でた。 「俺は今のままの藤原がいい」 「お前の意見なんか聞いてない」 「……」  むっとした顔で黙り込んだ橘が、唐突に俺の首筋に顔を埋めた。 「橘? っん……」  れろ、と首筋を舐め上げられて、思わず声を出してしまう。肌の上を滑るぬめりけが何とも言えない感覚を生み出して、咄嗟に橘の腕にしがみついた。 「何、してんだっ」 「拗ねてるんだ」 「ガキか、あっ……!」  耳の下付近を強く吸い上げられ、ピリッとした快感に似た痛みを感じる。俺の首筋から顔を離すと、橘は満足げにふ、と笑みをこぼした。 「印、つけたからな」 「は?」 「悪い虫がつかないようにするための印だ」 「……それ、俺に言う言葉じゃないだろ」  男同士で、さらに恋人どころか友人でもないような微妙な関係の相手に言う言葉じゃない。  暫しの沈黙のあと、橘は今日何度目か分からない溜め息を口から出した。 「もういい。おい、寝るぞ」  そう言って腰を上げた橘に、慌てて告げる。 「いや、俺は……」 「悪夢なら俺がいるから大丈夫だ。安心して寝ろ」 「……そうか。ありがとな」  先程のようなこともするが、こうしてちゃんと約束は果たしてくれている。だから、過度なスキンシップも多少は許しているのだと自分自身に言い訳をした。決して、絆されている訳でも、流されている訳でもない、と。

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