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第四章 王様殺し・不穏な静けさ

「藤原くぅん、その首の痕は何かなぁ?」  橘特製の朝飯で腹を満たし、昨日のようにEクラスの前まで橘に送ってもらった直後。橘とすれ違いながらこちらへ向かってきた花咲は、教室に入ろうとした俺のワイシャツの襟の隙間から覗く首筋のキスマークを目敏く見つけ、欲にまみれた表情と変に間延びした口調で俺に絡んできた。興奮した様子で俺の返事を待つ花咲からは、普段の純情そうな面影は微塵もなくなっている。   「お前、気持ち悪いおっさんみたいになってるぞ」 「人間はみんな心にモブおじさんを飼ってるんだよ藤原君!」 「もぶお……え?」  またよく分からない単語が花咲の口から飛び出した。花咲の表情からしてろくなものではなさそうだと察し、深く聞くことはせずに軽く花咲の頭へ手刀を落とす。 「いたっ!」 「ただのあいつのイタズラだ。お前が想像してるようなことは何もない」 「なーんだ、期待したのに」  頭を押さえながらそう言った花咲は、心の底から残念そうな表情になり、小さな子どものように口を尖らせた。俺で妄想するなと昨日言ったばかりなのだが、この様子だと俺の言葉は完全に右から左へと抜けてしまっていたらしい。  そんな花咲の後ろにおろおろとするクラスメイトを見つけ、教室の扉の前を塞いでいたことに気付く。花咲に親指で教室の中に入るよう促し、花咲の後ろに続いて教室に入る際に、困っていたクラスメイトにすまんな、と一言謝っておいた。  人が多い時間に動いた方が安全だと皆が考えたからだろうか、昨日より遅い時間にも関わらず、教室には両手で数える程しか人がいなかった。委員長を始め、クラスの中でも少し浮きがちな生徒の顔が見える中、黒矢と白谷もそれぞれの席に着いていた。 「おはよう、黒矢君」 「おはよう」  花咲が隣の席の黒矢に挨拶をするのにあわせて俺も黒矢へと言葉を掛ける。黒矢は「お、おはようございます」と、癖だから外すのは難しいといった言葉の通り敬語のままぎこちなく笑みを浮かべて返事を返した。 「体調は大丈夫か?」 「へ? あ、は、はい、大丈夫、です」  一瞬首を傾げた黒矢は、慌ててぶんぶんと頭を上下に振ってそう答える。無理はするなよ、と言えば、黒矢はまた首を縦に何度も動かす。そんな黒矢の様子を見て、花咲がふふ、と柔らかく微笑んだ。  そこから特に会話が続くわけでもなく、黒矢が視線を俺たちから机の上の教科書へと移したことで、やり取りが終わったことを悟った。   「藤原君もいつもより元気そうで安心したよ。特に襲われたりしてない?」  椅子を引きながらそう言った花咲に、ああ、と短く返事をする。  今日は学校に来るまでに一度三人組に絡まれたが、俺が警戒する暇もなく橘が一瞬で次々にダウンさせてしまった。花咲に伝えるまでもないだろう。

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