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 良かった、と呟いた花咲は、鞄から紙の束を取り出してそれを机に広げた。上部には学年とクラス、そしてその下にずらっと並んだ氏名。恐らく雉ヶ丘学園に在籍している生徒たちの名簿だろう。副会長と調査すると言っていたから、これも生徒会特権で入手したのだろうか。  氏名の部分は、取消線が引かれたり、丸や星マークがつけられたりしている。 「とりあえず昨日調べた感じだと、司馬って人の言うとおり上位クラスは大多数が向こうについてるみたいだね。一番厄介なのは桑山先輩かな……」  花咲は丸がつけられた氏名を人差し指で辿り、何重もの丸で囲まれた『桑山悠生』の文字の上で指を止めてとんとん、と紙を叩いた。  この人がいなかったらまだ勝機はあるんだけど……、と難しい顔で呟く花咲に、昨日のことを伝え忘れていたことに気付いて口を開く。 「ああ、桑山先輩なら俺たちについたぞ」 「うん、どうにか仲間にしたい……え? 待って、今なんて言った?」  紙に落とされていた花咲の目線が勢い良く俺の顔へと移り、そのまま穴が開きそうなほど凝視される。若干体を後ろへ引きながら、もう一度同じ言葉を口にした。 「桑山先輩は俺たちについた」 「……え? それ本当?」  花咲の表情が、驚きと懐疑が混じったような状態になった。確かに、言葉だけで言われても素直に呑み込めるような事実ではないだろう。特に花咲は、以前俺が桑山先輩から喧嘩を吹っ掛けられたところを間近で見ている。 「昨日、学校からの帰りに桑山先輩と会ってな。条件付きで俺たちについてもらった」 「じ、条件って……?」 「えっと……俺と喧嘩する権利、みたいな……?」  流石に自分を殺すチャンスを与えたとは言えず、オブラートを何重にもかけた上で誤魔化しつつ伝えれば、花咲は完全に納得した様子ではなかったが、「な、なるほど……」と言いながら桑山先輩の氏名に星マークを大きく付けた。 「何はともあれ、桑山先輩がこっち側に付いてくれたのは大きいよ! 向こうの戦力ダウンだけじゃなくて、僕たちの戦力が大幅に増強されるし、作戦の幅も広がる!」  花咲の顔に喜びの色が浮かぶ。その目の下に普段は見られないうっすらと浮かぶ隈を見つけ、自然とそこへ指が伸びていた。 「っ……?」  突然触れられたことに動揺したのか、びく、と花咲の体が震える。大きな目を隠すようにぱちくりと|瞼《まぶた》を何度か動かし、花咲は俺の真意を窺うような視線を送ってきた。 「無理は、するなよ」 「……してないよ」   若干の空白の後、俺の指から逃げるように俯き視線を紙の束へと戻した花咲が、小さく固い声色で返事をする。  ──違う、もっと伝えたいことが他にある。 「……ありがとな」  伏せられた長い睫毛がぴくりと反応するのが見てとれた。 「……うん」  視線は俺に戻ることはなかったが、ふ、と花咲の口元が緩む。ほんのりと朱く色付いた柔い頬に触れようと伸ばした手が目的地に辿り着く直前、俺の両肩に衝撃が走った。

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