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少し考えれば分かりそうなものだが、口をへの字に曲げていじけているところからして全く頭になかったらしい。
「これに懲りたらちゃんと自分で宿題をやることだな」
「うん! 次はバレないようにする!」
びっくりするほど懲りていないな。さっきの額への一発で馬鹿が余計に悪化したのかもしれない。
ずるしちゃ駄目だよ、と子供に諭すように戸田へ注意する花咲に労いの視線を向ける途中で、ふと花咲の横の席へ目が行った。
いない。黒矢が、いない。
少なくとも戸田が来るまではあの席に姿があった。戸田と騒いでいる間にいなくなったのだろう。
別におかしいことじゃない。まだ授業は始まっていないのだから、席に着いていないといけない訳ではない。
それなのに、心を這い回るこの不気味さは何だ。心臓を蛇にゆっくりと締め付けられているような、この息苦しい不安は、何だ。
「藤原君?」
呼び掛けられた声で我に返る。教室内はクーラーが効いて涼しいはずなのに、今の一瞬で背中にびっしょりと濡れた感触を覚えた。
強張っていた肩からゆっくりと力を抜いて、からからに渇いた口を開けて出来るだけいつも通りに息を吐いた。
「……なんだ?」
「黒矢君に用でもあった?」
「いや……何もない」
花咲は特段疑問を持たなかったのか、そっか、と端的に言葉を返して、再び机の上の名簿に目を落とした。戸田は他の生徒から呼ばれたのか、俺たちから少し離れたところでクラスメイト数人と話をしていた。
「昨日DクラスとEクラスの人たちに力になってくれる人を募ったでしょ? あれで結構Dクラスの人たちが来てくれたんだ」
そう言いながら、花咲はDクラスのものと思わしき紙を三枚、俺の方に差し出してきた。大半の名前に星のマークがつけられている。戦力に換算する仲間には星をつけているようだ。
「Eクラスの人たちは、喧嘩とか慣れてない人も多いからあんまり来なかったけど、……立原君たちが来てくれたよ」
花咲の言葉に、弾かれたように立原の席へ視線を向ける。いつの間にか賑やかになっていた教室内で、立原はがたいの良さを打ち消すように背を丸めながら俯いていた。
「あの時のことは、もう忘れようと思うんだ。山中君のこと以外は、僕の中では無かったことにする」
良い記憶でもないしね、と花咲は掠れた声で呟いた。
昨日の殴り込みで俺が『殺し合い』に関わっていることは、立原も気付いているはずだ。そして、俺といつも一緒にいる花咲も同じく関わりがあることも。だとすれば、立原はあの事件で傷を負った花咲への贖罪として志願したのだろう。
「それで、花咲は良いのか」
「……うん」
「……そうか」
数秒間の沈黙の後、花咲は「よし!」と自分の両頬を手のひらで緩く叩いた。
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