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「ああ、そういえば今日、悪夢を見なかった」 「ふぁえ!? 何で!?」  欠伸をしながら驚きの声をあげた花咲は、自分の口から出た予想外の声に恥ずかしそうに口を一旦閉じた。ふ、と薄く笑みを溢して、俺はその質問に答えた。 「理由は分からないな」 「何かいつもと違うことしなかった?」 「いつもと違うこと……?」  花咲に指摘され、昨晩の出来事を脳内で反芻する。激辛カレーか、ジャグジーか。  それとも──。 「……っ」  思い出してしまった。橘に性器を扱かれて達してしまったことを。そして、それこそが悪夢を見なかった原因なのではないかと気付く。  悪夢が本能によるものだとすれば、性的欲求を満たして本能を満足させてやればよかったのだ。俺の身に巣食う本能は、性行為の代わりに人を殺すことによって性的快感を得ているのだから。  そう考えてみると、確かに橘に襲われて欲を吐き出した日以降、昨晩まで一度もそういった行為をしていなかった。悪夢で疲労していたから、そもそもそういう気が起きなかっただけではあるが。  頭の中で反芻した記憶によって、俺の顔はかあ、と熱を持った。それを、花咲は目敏く感じ取ったしい。 「ん? んん? 僕の腐男子センサーがめちゃめちゃ反応してますけど! 何かあったんでしょ!?」  優秀すぎるセンサーだな。今の俺にはとてつもなく厄介だが。 「何でもない。……でもまあ、理由は分かった、と思う」 「なになに? 教えて? 事細かに教えて?」 「駄目だ」  俺を見つめるきらきらと潤む瞳から逃げるように顔を逸らして、断固として拒否することを示すために強めに言いきった。しかし、そんなもので花咲の異常な萌え探求力が静まるはずもなく。 「そこまで頑なに拒むということは、やっぱり橘君と何かあったんだね!?」 「今すぐ寝ろ! 頼むから寝てくれ!」  身を乗り出して迫ってくる花咲の頭を全力で押し返す。相当な力を込めているはずなのに、花咲はじりじりとこちらへ距離を詰めてきた。この小さい体のどこにこんな力を隠してるんだ。そもそも今はその力を出すべきタイミングじゃないだろ。  結局本鈴が鳴るまで膠着状態は続いて、朝から無駄な体力を消耗してしまった。途中で帰ってきた戸田は、俺たちの攻防を楽しそうに眺めていた。いや、止めろよ。  花咲は事前に言っていた通り、授業が始まって五分後には夢の中へ入っていた。先程までの必死の形相は見る影もなく、あるのはあどけない寝顔のみ。  先程のお返しに花咲の頬をこっそり摘まむ。すると、花咲は目を瞑ったまま眉間に皺を寄せ、「……もう……いちくん……吸わないでって言ったでしょ……」と意味深な寝言を吐いた。  おいおい、神沢先生に頬を吸われたことがあるのか。  仕返しのつもりが、逆に悶々と神沢先生と花咲の関係について考えを巡らせる羽目になった。    

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