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午前中の授業は何事もなく終わり、昼休みに入った。今日は花咲の弁当がないことを思い出し、売店で昼飯を確保しに行こうと席を立つ。ちょうどその時、ビニール袋を提げた橘が教室の扉から顔を覗かせた。
俺と目が合った橘は何故かこちらに来ようとはせず、ちょいちょい、と手で俺を招く。不思議に思いながらも、俺は花咲たちに「行ってくる」とだけ告げて、素直に橘の方へ足を運んだ。始業前のことで、花咲が橘に根掘り葉掘り聞き出そうとするのを避けたい腹もあった。
橘の元へ辿り着くと、橘は俺の後ろの方を一瞬確認する素振りを見せた。その後、俺にしか聞こえない程の小声で話し始めた。
「屋上に行くぞ」
「え? まだ昼飯が……」
「ここにある。いいから行くぞ」
手首を掴んで半ば強引に引っ張られ、体勢を崩しかける。すんでのところで転ぶのは免れたが、非難じみた視線を橘に向ければ、橘は今度はゆるく俺の手を引いた。
さながら紳士にエスコートされるお嬢様のように橘に連れられ、屋上へと足を踏み入れる。
「こっちだ」
いつも仮眠を取っている場所──屋上の扉から出て向かって右側のフェンス付近へと向かおうとした俺を引き止めて、橘は扉がある建物を挟んで反対側を指差した。人目のないそこに俺を連れて行った橘は、壁に背中を預けて隣の地面をぺたぺたと手のひらで叩く。叩かれた場所に同じように腰を下ろして、差し出されたビニール袋を受け取った。
「何でわざわざここに来たんだ?」
「……向こうだと都合が悪い」
「都合が悪い?」
「多分来るから見れば分かる。あんまり騒ぐなよ、バレるからな」
いつになく真剣な表情で俺の口の前に人差し指を立てる橘に、声も出さずに顔だけを上下に動かす。人差し指が離れていったあとも口を開く気にはなれず、袋からそろりとホットドッグを取り出した。
もそもそとホットドッグを頬張っていると、触れている右肩がぴくりと動いた。
「──来た」
その直後、階段を上がる足音が微かに鼓膜を揺らした。段々と大きくなる音に口を止めて橘を見れば、橘は俺の方を見て小さく頷いた。
口内に残っていたパンを咀嚼も疎かにして喉の奥へ追いやり、壁に張り付くようにして耳を澄ます。
一人の足音ではない。三、四人くらいはいるだろう。
先程俺たちが通ってきた屋上の扉が、荒々しく開かれる音がした。その音に紛れるように息を殺して、壁から少しだけ顔を出して足音の正体を探る。初めに視界に映ったのは、肩の辺りまで伸ばされた髪を持った何となく見覚えのある後ろ姿。その後に、比較的低めの身長の生徒と、前の生徒よりも頭ひとつ分は大きい長身が続く。そして、見慣れたアッシュグレーの短髪を目にした瞬間、思わず声を上げそうになった。
──司馬だ。
ぐる、と頭を後ろに回せば、橘は俺の言いたいことが分かったのか、今度は大きめに顔を上下に動かした。
司馬たちは、いつも俺が仮眠を取っているフェンス際へと向かう。他の三人が立ち止まる中、司馬だけはそのまま足を進めてフェンスへと背中を預けた。
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