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 結局、眠ることはできず、橘が出してくれた夕飯を喉の奥へ押し込み、ふらついた身体で風呂場へ向かう。さっと汗を流してリビングへ戻れば、橘がソファーでうたた寝をしていた。眉間に刻まれた皺が、安らかな眠りではないことを物語る。俺を守るために一日中気を張り、更に俺の世話もしなければいけないのだから、疲れるのも当然だ。  少し暗い目の下を人差し指の背でなぞってみれば、ぴくりと橘の肩が動く。それと同時に、俺の指には電気が流れたようなぴりぴりとした痛みが走った。  自ら触れることも、許されないのか。  はっ、と自嘲気味に笑って、まだ夢の中にいる橘を暫し見つめて、くるりと踵を返した。  トイレに入り、スウェットと共に下着を下ろす。力なく垂れた自身に手を添えて、前後に手を動かせば、緩い快感が下半身を襲った。 「……っ……ふ、ぅ……」  久々に行う自慰は、今までと全く違っていた。何度擦っても前まで感じていたせり上がる感覚がない。亀頭辺りを弄ってみても、瞬間的な快感は走るものの、欲を吐き出すまでには至らない。  何で、どうして。吐精しなければ、またあの悪夢に襲われて橘に迷惑をかけてしまう。  いや、そもそも橘とはそういう関係だ。うなされた俺を止めるのが、橘の役目だったはずだ。確かにそうだったはずなのに、俺の頭は橘への罪悪感からか欲を出すことに必死になっていた。 「っん……、は……っ」  もはや擦るだけでは快感を拾えず、先端を苛めるようにぐりぐりと強く()ね回す。やっとのことで徐々に背中を駆け上がってくる刺激を掴み、その刺激が下がらないように捏ねるスピードを上げた。 「……くっ……んん……ッ!」  丸めた背中が震え、手を白く汚しつつ粘液がどろりと便器へと落ちる。肩で息をしながら封水に浮く欲の塊を確認して、笑う膝が崩れ落ちないように耐えてトイレットペーパーで手と陰茎を拭った。  中途半端に高めた熱が下腹部に(わだかま)っている。しかし、これ以上自慰を続ける気力はなく、はあ、と熱い息をと共に放り投げたトイレットペーパーごと欲の跡を流水で洗い流した。  トイレから出ると、浴室の方からシャワーの音が聞こえてきた。うたた寝から起きたらしい橘が風呂に入っている間に、俺は寝室のベッドへと潜り込む。  今日で最後にしよう。橘に頼るのは。  橘は全てから俺を守ろうとしている。暴力からも、直視したくない現実からも。それが、今の俺には酷く苦しくて辛い。 「……俺が、悪いんだ」  両手で包み込むようにして吐いた言葉が、俺の在り方を明確にする。この事実からは、逃げてはいけない。  ベッドに入ったものの寝付くことはできず、気付けば静かな足音を伴って橘が寝室に入ってきた。目を瞑って狸寝入りをしている俺の横に、そっと橘が身体を忍ばせてくる。  橘の体温が加わったことで、掛け布団の中がにわかに温かくなった。やっと感じることができた心地好さに落ちかけた意識が、後頭部に感じる柔らかな感触で浮上する。ちゅ、と僅かなリップ音を鳴らしながらその感触が消えていった後、囁く声が俺の耳へと入ってきた。   「……ここにいてくれ、ずっと」  掠れ気味な声で紡がれる懇願の言葉。じわりと込み上げる感情を唇を噛むことで押し殺した。口を少しでも開けてしまえば、橘の言葉にしがみついてしまいそうだったからだ。  ごそりと橘が動く気配がする。少しすれば橘は寝入ったようで小さな寝息が聞こえてきた。その音に導かれるように俺もようやく眠りについた。

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