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 次の日の朝、俺はまた喉を切り裂くような絶叫を放ちながら目を覚ました。ワンテンポ遅れていつものように身体が包まれ、密着したそれから伝わる温かさによって徐々に正気を取り戻す。それに伴って、橘に触れられている部分から微かに弾けるような痛みを感じ始めた。しかし、橘に触れられるのはこれが最後だからと、肌を突くような痛みに耐えた。  大分気持ちも落ち着いて、枯れた喉の調子を整えるために小さく咳払いをすれば、橘はすっと身を引いて俺から離れていった。 「治ってなかったんだな、それ」 「……解決策は見つけたと思ったんだけどな」  眉尻を僅かに下げた橘に、若干まだ掠れている声でそう告げた。  一度の自慰では足りないのか。熱が下半身に残ったまま、中途半端に止めてしまったのも悪かったのかもしれない。  昨晩にもう橘には頼らないと決意したのに、この様だ。自分の意思ではないとはいえ、独りで生きられなくなりつつある自分に腹が立つ。  橘が眠そうに目を擦りながら寝室を出ていく。パタン、と扉が閉まったのを確認して、俺は寝室の隅に置いてある自分の荷物の方へと近寄った。バッグの外に置かれた制服に身を包んで、他に外に出ている荷物類を脱いだ寝間着と共にバッグに詰め込み、口を閉める。ここへ来たときと同じ重量になったバッグを肩にかけて、寝室から出た。  朝食を持ってきた橘の視線が俺の傍にある大きなバッグを捉えたが、何も言わなかった。居心地の悪い静寂の中、朝食を済ませて身支度を調える。 「荷物を置きに部屋に戻るから、早めに出たいんだが」  洗面台の前で寝癖を直していた橘に声をかけると、橘はぴた、と手を止めて鏡越しに俺を見た。 「……戻るのか」 「ああ。……お前も、大変だろうし」  探るような視線に目を逸らしながらそう言えば、一瞬の静けさの後、意外にもあっさりと「分かった」という返事が返ってきた。少しくらいは食い下がられるものだと思って身構えていた俺は、拍子抜けして少しの間ぽかんと口を開けて橘を見つめてしまう。 「どうした?」 「あ、いや……外で、待ってる」  動揺している姿を見られたくなくて、逃げるように玄関に向かい、外廊下へ出る。まだ登校するには早い時間だからか廊下はしん、としていた。姿が見えない雀が奏でる音が、澄んだ空気を介してクリアに俺の耳に届く。  平穏な日常だと勘違いしてしまうような雰囲気を享受していると、ガチャリ、と玄関のドアが開いた。姿を現した橘が、ゆっくりと俺を見る。 「そのまま教室に向かうだろ?」 「ああ。でも、少し時間がかかるかもしれないから、先に行っててくれ。俺は後から一人で行く」 「……そうか、分かった」  またしても、橘は素直に首を縦に振った。そして、ふっと橘の目が物憂げに伏せられる。恐らく、橘は俺が自分から離れようとしていることに気付いている。それでも引き止めようとしないのは、昨日橘を拒んだからか。  踵を返して歩き始めた橘の後ろを付いて、エレベーターの部屋へと向かう。昨日は少ないながらもあった会話が、今日は全くと言っていいほどなかった。  

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