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 息を切らした俺の前に立ちはだかる、体育館の鉄扉。朝のホームルームより前の時間にここに来る者は居ないはずなのに、中からは微かに物音がする。その物音の正体を、俺は黒矢から聞いていた。 『ふ、藤原くん……! 助けて、ください……っ!』  そう絞り出した黒矢は、今にも泣き出してしまいそうな顔で震えていた。近付くと、今まで見えていなかった黒矢の身体が視界に映る。朝だというのに、黒矢が着ている制服はあちこちに皺が入ったり白く汚れている。さらに普段はきっちり上まで止められているはずのワイシャツは、ぎゅ、と握り込んだ黒矢の手がなければ独りでに開いてしまう状態だ。 『これ……どうしたんだ』 『突然Aクラスの人たちに襲われて……っ』  黒矢の格好に理解が追い付かずただ呆然と訊ねると、言葉と共に、ぽろ、と雫が床に落ちる。続けて二つ、三つと丸い跡が残った。  Aクラス、と聞いて頭によぎる憎い顔。唇を横へ広げて俺を嘲笑う司馬が、脳裏に貼り付く。まさか、俺への当て付けのために黒矢を襲ったのか。 『大丈夫なのか!? 怪我は──』 『その……あの、……み、み、水野って人が助けてくれたんです、でも、体育館の方に連れていかれてしまって……!』  水野という名前が耳に入った瞬間、頭の中でぶちり、と何かが千切れる音がした。俺の表情を見てびくんと跳ねた黒矢の視線は、先程よりも濃い恐怖を孕んでいる。 『──ここに居ろ』  そう告げつつゆらりと黒矢を避けて、廊下につけた足を思い切り蹴り上げた。誰も居ない廊下を、自分でも驚くほどのスピードで駆ける。一秒でも早く、あいつを止めなければ。  そうして辿り着いた体育館。上下する肩の動きを無理矢理停止させ、血の味にも似た唾を呑み込んだ。  少し錆びつつある鉄扉を引く。ぎぎぎ、と不安を増幅させる音をあげながら、片方の扉が開いた。それと同時に、ぴたりと中の気配が動きを止める。靴のまま茶色い床を踏んで、少し薄暗い体育館の中へと入る。ストッパーをしていない鉄扉は、再びゆっくりと動き始め、金属の擦れ合う音を響かせて元の位置に戻った。  天井に填められた電球に光は灯っておらず、高い位置に設けられた大きな窓たちから入る日光だけが、この体育館の貴重な光源になっていた。そして、その灯りは場を支配しているであろう人物を仄かに照らしていた。 「──よう、藤原」  今、この世で最も忌み嫌う声が、俺の名を呼ぶ。俺が入ってきた扉と反対側にある壇上で胡座をかき、周りに仲間と思しき生徒たちを群がらせて、司馬は不気味に笑った。

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