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目に入る世界に、水野の姿はない。無事に逃げおおせたのならいいが、司馬たちの余裕ぶった姿を見るに、あまり楽観視は出来ない。
無言のままゆっくりと司馬へと足を踏み出す。周りの生徒たちが一斉に身構える中、司馬は一切体勢を崩すこと無く、むしろ近づいてくる俺を迎え入れるように瞼を落とした。
二メートルほどの距離を残して立ち止まる。俺が止まったのが分かったのだろう、再び司馬の目が現れ視線を俺へと向けた。
「……黒矢を襲ったらしいな」
「はは、そんなことでわざわざ一人でのこのこ来たって訳か。ご苦労なこった」
今にも噛み付きそうになる口を出来るだけ閉じながら低く唸る俺に、嘲 けるような言葉が返ってくる。突き刺す視線に怒りを籠めれば、司馬は右の口角を吊り上げて愉しげな息を漏らした。
水野はどうした、と単刀直入に聞きたくなる自分を抑える。水野がAクラスから離れることが出来ない以上、こちら側の人間だと知られる訳にはいかないのだ。水野の安否を確認することすら出来ない状況に、歯噛みするしかなかった。
唇を噛んだまま睨み付ける俺に乾いた笑いを浴びせた司馬は、すっと右手をあげて合図のようなものを出した。司馬の背後にいた生徒数名が壇上の奥に向かい、何かを引き摺って戻ってくる。
「お前がここへ来た本当の理由はこいつだろ?」
乱暴に司馬の足元に投げ出されたのは、人だった。鈍い音を立てたその体は、銀色の髪の一部が赤黒く変色していて、腫れ上がった顔やぼろぼろになった制服にも少なくない鮮血をまとっていた。床に投げ出された衝撃で頭部から流れ出した血が、壇上に小さな血溜まりを作っていく。
それが水野だと言うことを思考を停止した頭が理解するのに、数秒を要した。
「敵将の懐に自軍を忍ばせる話をするなら、もっと周りに気を付けた方がいいんじゃねえか? 誰が聞いてるか分からねえからな」
くく、と喉を鳴らす司馬の言葉が、やけに脳内に大きく響く。全身を回る血液が沸騰したように熱い。水野に纏わり付く朱から、目を離すことが出来ない。
憎い。
私欲のために人を傷付けることを厭わない目の前の男が、憎い。
憎い。
周りを巻き込んで生きている自分が、憎い。
許さない、許さない、許さない。
水野を傷つけられた怒りと、巻き込んだ自分自身に対する軽蔑、そして視界を染めていく血に対する本能が混ざり合って、辛うじて保っていた理性は粉々に破壊された。
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