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 俺が動き出すのと同時に、司馬の周りにいた生徒たちも一斉に俺へと向かってくる。数にして、二十人弱は居るだろうか。壇上から飛び掛かるようにして何人もの生徒が俺の上に降ってくる。両脇からも、俺を近付けさせまいと何本もの腕が絡み付いてきた。  折れてもいい、千切れてもいいから掴みたいと司馬に向かって伸ばした手は、ただ空気をその中に閉じ込めただけだった。いや、あれは水野に対してだったのかもしれない。結局どちらにも届かなかった腕は、のし掛かる圧によって身体ごと床へと叩きつけられた。  腹部を強かに打ち付けた衝撃で内蔵が悲鳴を上げる。肺は酸素を吸うことを忘れ、息を吐き出し続けた。腕を背中で捻り上げられて一瞬遠退きかけた意識を強制的に戻される。開いていた口には、味わい慣れた鉄臭い味がする細い布が後ろから回されて、口の動きを制限した。  一歩どころか微動だにしない司馬は、背後から現れた矢野と橋立を左右に侍らせ、嘲笑に近い薄ら笑いを浮かべて俺を見下した。身体の自由を奪われた俺は、唯一少しだけ動かせる歯を獣のごとく剥き出しにして司馬へ唸る。 「うう゛ぅ……ッ!」 「あの能面みてーな頃から随分変わったな。もう三、四人くらいやらねえと、眉すら動かさねえと思ってたが」  その口の動きだけは見えていた。しかし、耳は膜を張ったように言葉を音として感じることはなかった。身体の熱さもあいまって、熱湯の中に沈んでいるみたいだ。 「お前ら、傷はつけるなよ。こいつを殺っていいのは俺だけだ」  耳鳴りが酷い。周りの音は遠く離れ、がんがんと頭の内から俺を壊すような轟音が聞こえる。  ようやく動き出した司馬が、壇上から静かに飛び降りて、上から押さえ付けられて這いつくばる俺の目の前にしゃがみこんだ。咄嗟にその足を握り潰そうと腕に動くよう信号を送る。しかし、何人もの手で押し潰されている腕は床に縫い付けられたままだ。血管が圧迫されているせいか、指先から徐々に感覚がなくなっていく。 「んー、違ェな。もっと絶望にまみれた顔が見てえんだよな」  轟音を掻き分けるように微かに鼓膜を揺らす司馬の言葉。上へ離れていった司馬の顔が、おぞましく歪んでいた。伸ばしていた右手首が掴まれ、示し合わせたようにふわりと一瞬重りが浮いた腕の中央──肘の部分に猛スピードで何かが迫る。そして、何人もの体重がかかっている俺の身体すらも若干浮遊する程の衝撃と共に、ボギッと太い木の枝が折られたような鈍く低い音が体内に響いた。

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