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「……彼奴(あいつ)に従っているのは、脅されているからか?」  先程よりも少し固くなった声が、そう黒矢に問いかける。黒矢は、少し沈黙してから、顔を伏せたまま首を横に振った。 「…………彼奴が好きだからか?」 「……っ」  鋭いところを突かれて、黒矢は息を呑んだ。それは半分正解だったからだ。声の主とは話したことこそほとんどないが、黒矢と彼、そして司馬は小、中学と同じ学校に通っていた。小学校の卒業時に黒矢が司馬に告白をしたことは、司馬の周辺の人間には知れ渡っていたため、ふとした拍子にその話を彼が聞いたとしても不思議ではない。  しかし、正確には好き『だった』だ。今は、もう恐怖の対象でしかない。従わなければ痛め付けられ、最悪の場合──殺される。脅されているというよりも、絶対的な圧力と暴力で支配されているのだ。  違うと答えたい。しかし、もし彼が告白のことを知っているなら、嘘を吐いたと思われてしまうかもしれない。只でさえ、同性愛者というマイノリティーに身を置き、更に自身の保身のために人を裏切ってしまったことで、彼の黒矢への心象は最悪なはずだ。これ以上、彼に嫌われたくなかった。  結局何も言えずに言葉に詰まってしまった黒矢を抱く腕に、力が込められた。少し痛みを感じるほどにきつく抱き締められ、思わず黒矢は顔を上げる。視界に、酷く険しい表情が映った。 「──俺では、駄目なのか」 「……え……?」  絞り出すような声で告げられた言葉を、黒矢の脳は理解できなかった。しかし、その真剣な眼差しが段々と近付き、ぽかんと開いた口に柔らかい感触を植え付けられてようやくその意味を飲み込んだ。 「っえ、あの、……えっと……んぅっ」  急速に上っていく血液で顔が熱くなり、意味を成さない言葉を吐いていると、また唇を塞がれる。どうして、なぜ、彼が。自分なんて、もう幻滅されたと思っていたのに。中学では、『黒矢は夜な夜な男と遊び歩いている』などという噂まで流されていたのだ。それを理由に、司馬の周辺の奴らに無理矢理性欲処理の相手をさせられたこともある。こんな身も心も汚い人間を、気高き一匹狼で常に凛としている彼が、どうして。 「……選んでくれ、黒矢。彼奴か、俺か」  耳の中へ直接音を吐き出され、黒矢は高い悲鳴じみた声をあげた。すると、それを止めるように三度 吸い付くようなキスを贈られる。黒矢の唇をゆっくりと舐める舌は、しかしそれ以上先へ進もうとはしない。黒矢の返答を催促するように、彼の舌先が黒矢の口の戸を軽くノックした。  司馬か、彼か。  そんなこと、言うまでもない。 「っ……し、らたに、くん……」  ほとんど触れた状態の白谷の口が、薄く弧を描いた。    

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