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第五章 王様殺し・中休み
◆
右腕に走る鈍い痛みに、意識が覚醒した。ゆっくりと目蓋が上がっていくにつれて、見覚えのある白い天井が、まだ焦点の合わない視界に映り込む。何度か瞬きしてピントを調節してから視線を右に移すと、椅子に腰掛けて考え込んでいる様子の橘がいた。
「……たちばな」
聞こえるかどうか怪しいくらいに小さな枯れた声だったが、橘にはきちんと聞こえたらしい。弾かれたように顔を上げて、先程まで床に向いていた視線を俺へと寄越した。
「藤原! 気が付いたか!」
がた、と大きな音を立てて椅子から立ち上がった橘が俺を覗き込む。安堵と心配が入り交じった表情を向けられながら、俺はこくりと頷いた。
遅れて脳内に雪崩れ込んできた、意識を失う前の記憶。断片的なシーンがぐちゃぐちゃに入り交じって脳を埋め尽くし、こめかみ辺りに走った鈍痛に呼応するように、ずき、と右肘が痛んだ。その痛みの瞬間、ザザッと荒い映像で一人の横たわる身体が映される。
「……ッ水野! 水野はどうなった!? 無事なのか……っう……ぐ……ッ!」
飛び起きる際に力を込めた右腕が脳天を突くような悲鳴を上げて、俺の身体はすぐにベッドへと倒れ込んだ。「おい!」と焦ったような橘の声に、脂汗が額に滲むのを感じながら無理矢理片方の口角を上げる。直前に痛みを感じていたのに、自分のことながら馬鹿としか言いようがない。
「大丈夫だ。出血が多くて危険な状態だったが、峠は越えた。……まだ意識は戻っていないが」
「そう、か……」
良かった、とぽつりと呟けば、それよりまず自分のことを心配しろ、と眉根を寄せた橘に言われてしまった。まだ起き抜けのこの頭では、右肘の痛みしか感じず、自分がどんな状況なのかいまいち分からない。困り顔で橘に視線を送れば、はあ、と大きな溜め息を吐いて橘が口を開いた。
「右肘だが、折れただけじゃなく骨が粉々になっていたらしい。どうしたらこんな有り様になるのかと医者に聞かれた。……とりあえず手術して痛み止めを打ってもらったが、気分はどうだ?」
「……良い、とは言えない、な……」
身体全体が重い。その中で、右肘周辺は痛みと共に燃えているがごとく熱を発しているように感じる。脈動に合わせて揺れるその感覚に、自然と眉間に皺が出来た。
「絶対安静、一ミリたりとも動かすなとのことだ。早速言いつけは破ってしまったが」
ふ、と息を緩めた橘につられて、俺も全身の力を抜いた。骨折したのは腕だけだから、そこまで長期間の入院にはならない。束の間の休息だ。それでも、ここまで張り詰め続けていた神経を休める良い機会になる。
学園に残るみんなが心配ではあるが、さすがに『王』である俺がいない状態で、誰かを襲うことはしないはずだ。誰かを襲うなら、こそこそせずに今回のように俺の眼前にぶら下げるだろう。あくまであいつの目的は、俺なのだから。
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