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「……助けてくれて、ありがとな」  一人一人の顔を見ながら、言葉を噛み締めるように吐き出した。みんなの個性的な笑顔が網膜に焼き付く。じわりと滲む視界を隠したくて、何度も瞬きをした。 「なんか飲みたいものとかある? 僕、買ってくるよ」 「お金持ってるのか?」 「一君にもらってるから大丈夫!」  花咲の好意に「じゃあ──」と返答しようとしたとき、不意に廊下が騒がしくなった。看護師の声だろうか、ダメです! という焦りの言葉が何度も聞こえてくる。声とともに荒々しい足音が段々と近付いてきて、勢い良くスライド式のドアが開けられた。俺を含めて、病室に居る全員の視線がそちらへ向く。 「藤原聖ッ!」  そこに居たのは、俺と同じ入院着を着た会長だった。顔の半分や、腕や足を覆う包帯が痛々しい会長が、見たこともない鬼の形相で中へと入ってくる。 「おい、成海──」  橘の呼び掛けを無視して、会長は鈴木たちを押し退ける。そして、俺の傍に来ると乱暴に俺の胸倉を掴んで引っ張り上げた。 「ッ……」 「どういうことだテメェ!」 「ちょ、ちょっと会長さん!」 「邪魔すんじゃねえ!」  花咲の制止に片目で鋭い睨みを利かせ、花咲を黙らせた会長はその視線を俺に移す。 「テメェのせいで水野がどうなったと思ってんだよ!? 全部聞いたぞ、テメェが転入生たちと殺し合い始めたのも、それに巻き込まれた水野がテメェのせいで大怪我したってのも全部!」 「……っ」 「人を巻き込んで不幸にして楽しいか? おい、答えろよ! テメェがいなけりゃ、誰も傷付かなかったのによ!」  ズグン、と。その尖った言葉は俯いた俺の心に突き刺さった。  俺がいなかったら、誰も傷付かなかった。それは、幾度となく思い知らされてきた事実。会長の言っていることは、間違ってはいない。だからこそ、その言葉は俺の心を容赦なく抉ってくる。  けれど、楽しいわけがない。周りの人間が傷付く度に、心臓を掻き回されるような痛みに耐えてきた。辛くて、苦しくて、自分を殺したくて、悩んで、それでも命にしがみついて生きてきた。ならば、もういなくなるなんて選択肢はない。俺が、周りの人たちを幸せにするしかない。 「──俺は、もう逃げない」  強い意志を携えた瞳を会長に向ける。眉を寄せた会長は、舌打ちをしながら俺の胸倉から手が離した。どさ、と身体がベッドに落ちて、衝撃を受けた右肘が再びその存在を知らせるかのように熱を持った。 「ちょっとでもテメェに申し訳ないと思ってた俺が馬鹿だったよ」  そう吐き捨てて、追いかけて来た看護師の手を払いながら、会長は病室から荒々しく出て行った。すみません、と頭を下げた看護師も、会長の後に続いて病室から去っていった。今までの和やかな雰囲気は消え、簡単には破れそうにない沈黙が病室を包む。 「……花咲、お茶を買ってきてくれないか」  澱んだ空気を動かした俺の頼みに、花咲は慌てたように何度も頷いてドアの方へ走っていった。

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