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長谷川はその表情のままベッドの方にずんずんと寄ってきて、俺の両肩をガシッと上から押さえ付けて思いっきり顔を寄せてきた。
「さっきのことは今すぐ忘れろ。記憶から消せ。ついでにこいつの存在も消すから」
瞳孔が開いた状態の長谷川が浮かせた右手で指差すのは、床に転がっている鈴木だ。長谷川の言葉から冗談の匂いは全く感じない。ここが病室でなければ、鈴木は言葉通りとっくに消されていたかもしれない。
「い、一旦落ち着け、な?」
「充分落ち着いてる。今すぐ記憶から抹消しろ。出来ないなら実力行使に出るぞ」
「分かった、忘れる。いや、今忘れた。だからその拳を解いて腕を下ろしてくれ、頼む」
物理的に記憶を消すためにすっと後ろにひかれた腕に気付き、拳を納めるように懇願する。さすがに橘も長谷川が暴れ出しそうな気配を感じ取ったのか、長谷川の肩を掴んで後ろへ引っ張った。
「落ち着け。藤原にあたるな」
橘の言葉に、長谷川は顔から赤みを少しひかせて、ばつの悪そうな表情になる。「すまん、藤原」と小さな声が聞こえ、ようやく落ち着いたことを悟った。
「俺は良いから、鈴木を診察の方へ連れてってくれ。手加減なしで鳩尾に入れただろ。内臓を痛めてたら厄介だ」
「……」
長谷川が眉を顰めて、戸田に頬をつつかれている鈴木に視線を寄越す。何度か頬をつついた戸田は、完全に気絶してんね、と言ってそろりと鈴木の身体を優しく起こした。
「れんれん、運ぶの手伝ってー」
「だからその呼び方は止めろって……」
「はいはい、よーた沈めたのはれんれんだからね、責任取りなよー」
「うっ……」
背後から力の抜けた鈴木を長谷川に被せ、戸田は呻き声を上げた長谷川の腕を引っ張りながら入り口の方へ向かう。
「ちょっと行ってくんね! おいSクラス! 二人きりだからって聖ちゃん襲うなよ!」
戸田はそう言い残して長谷川を後ろから支えながら病室から姿を消した。戸田の言葉の通り、俺と橘だけが取り残される。
唇を引き結んで俺を見つめる橘に視線をぶつけ、先程の問いの答えを促した。
「お前は、どうだ?」
「……何度も言っただろ。俺は絶対にお前の傍から離れないって」
「ああ、聞いたな。こんな疫病神みたい人間だって分かっても、離れないって言ってくれるのか?」
「当たり前だ。お前がどこへ逃げても、必ずこの腕の中に収めてやる。地獄まで一緒だ」
「せめて死後は天国で平和に暮らしたいところだけどな」
ふふ、と笑い声を漏らせば、橘もつられてか口元を緩めた。俯きながらありがとう、と小さく溢すと、俺の頭に俺よりも大きな手が乗る。優しい手で髪を撫でられる心地よさに目を瞑った。
「あいつには、さっきのことは聞かなくていいのか?」
橘が問い掛けてくる。あいつというのは恐らく花咲のことだろう。
「……花咲は俺たちみたいに喧嘩に慣れてる訳じゃない。しかも、俺は殺人衝動を抑えきれずに花咲に手をかけたこともある。俺と一緒にいることで一番危険なのはあいつなんだ。それを身をもって体験しながら、この半年間ずっと傍にいてくれた。今更そんなことを聞いたら、今までの花咲の覚悟を踏みにじることになる」
橘の手の動きが数秒止まる。顔を上げれば、橘は再び先程のように口を真一文字に固めていた。どういう反応なのかが分からずに見つめていると、橘の口が薄く開く。
「……そうか」
そう一言告げて、さっきのよりも激しく俺の頭を撫で始めた。橘の変化の理由が分からず首を傾げれば、「俺にも聞く必要はなかったぞ」と拗ねたような声色が返ってくる。
ああ、なるほど。花咲に自分よりも信頼を置いていることに嫉妬しているのか。
お前はスタートがマイナスだったからな、と言えば、橘はさらに頭を掻き回すスピードを上げた。おかげで、あっという間にカラスにでも襲われたようなぼさぼさ頭が完成した。
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