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突然俺たちの目の前で黒矢にキスをするという奇行に出た白谷も、さすがに花咲が放つ呪文には目を白黒させていた。一ミリも理解の出来ない言葉が飛んできたら、誰だって面食らうだろう。仕方ない。
「白谷、すまんな。花咲はちょっと……時々おかしくなるんだ。気にしないでくれ」
どうフォローしていいものか迷いながら話していたら、この言葉が俺の語彙力をフルで使って精一杯オブラートに包んだものになった。当然ながら涙目の花咲から「正常!」と訂正の言葉が飛んできたが、白谷が何かを悟ったように俺に向かってこくりと小さく頷いた。
ぶつぶつと文句を言いながら、花咲は自分の頭に衝撃を叩き込んだ橘に強い視線を向けて口を尖らせる。
「もう橘君に藤原君貸さないもん!」
「それは困る」
「勝手に人を貸し借りするな」
知らぬ間に花咲と橘の間で俺の賃借取引が行われていたと判明し咄嗟に突っ込んだが、二人は俺の声なんぞ全く聞いちゃいない。続けて何やら今後の俺の取り扱いについての取引が行われ始めたが、絶妙に俺の腕が届かない場所にいる花咲たちに反撃することはできず、歯噛みしながら取引の行く末を見守るしかなかった。
「よし、じゃあ条件はキスの見学でいいね?」
「ああ、好きなだけ見ていいぞ」
「やったー! これで当分萌えの補給に困らない!」
わーいわーい、と両手を上げて喜ぶ花咲。聞こえてきた条件の『キスの見学』は誰と誰のキスのことなのかと問いたかったが、恐らく俺の想像通りで間違いない。今後は花咲の目の前では橘に近付くことは避けよう。
周囲の騒がしさのせいか、意識を飛ばしていた黒矢の瞼が持ち上がる。それと同時に病室の扉が開いて、戸田と長谷川が戻ってきた。そして、「ただいまー! りっちゃん連れてきたよー!」という声とともに、戸田たちの後ろから神沢先生が現れた。
俺の姿を認めた先生は、ふっと口元を緩めてベッドの方へ近付いてきた。
「おう、藤原。元気そうで何よりだ」
「お陰様で、右腕以外は元気です」
「数時間前まで痛みでぶっ倒れてた奴とは思えないな」
「回復は早い方なので」
「そういうもんか?」
先生は首を傾げながら、目を開けたものの惚けたままの黒矢にちらりと視線をやる。白谷がその視線に気付いて、先生から隠すように黒矢を深く抱き締めた。
「黒矢はどうした?」
「花咲の妄想の餌食になりました」
「ちょっと! 言い方に棘があるよ!」
花咲の素早い指摘も空しく、先生はなるほどな、と呟いて意味ありげに二度頷く。尻尾を踏まれた猫のように、毛を逆立てて先生の背中をぽこぽこと叩き始めた花咲を意に介すことなく、先生は再び口を開いた。
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