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「にしても、鈴木は災難だったな。病院で怪我人を増やさないでくださいって、俺が看護師さんに叱られちまった」  肩を竦める先生の後ろで、肩身が狭いらしい長谷川が視線を床に落として身を縮めている。誰のせいでそうなったかは恐らく先生も知っているだろうから、これは先生なりの叱り方なのだろうか。 「鈴木の容態はどうなんですか?」 「内臓は問題ない。痛みで失神してるだけだとよ。あいつが起きてからまとめて乗せてくから、暇潰しさせてくれ」 「分かりました。……あんまり長谷川を虐めないでくださいね」  ぼそりと長谷川に聞こえないように付け加えた言葉に、先生は目を丸くして長谷川を振り返る。見るからに落ち込んでいる様子の長谷川を確認して、先生は苦笑しながら頭を掻いた。 「ああ、そうか、こいつ根は真面目だったな。ったく……静利を相手にしてると良心の感覚が(にぶ)るな」  責めてねえから元気出せ、と長谷川の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す先生。初めは長谷川も少しだけ抵抗していたが、すぐに先生にされるがままになっていた。  長谷川の側にいた戸田も先生と一緒になって長谷川を宥め──いや、長谷川で遊んでいると言った方が良さそうだ。完全に面白がって、シャンプーをするように長谷川の髪を滅茶苦茶にしている。  そんな三人の様子を花咲は息荒く見つめている。白谷と黒矢は周りの人間などそっちのけで、お互いを見つめ合って二人の世界に入ってしまっていた。またキスでもしようものなら、ここから追い出すことにしよう。  一気に混沌とした場所になってしまった病室で、唯一俺に意識を向ける橘と目が合った。 「俺たちもするか?」 「何をだ?」 「キスだ」  にい、と弧を描いた唇に無意識に視線を奪われる。その唇がゆっくりと近付いてきていることに気付いたのは、あと数センチで唇同士が触れ合うところまで橘の顔が迫っていた時だった。  慌てて目の前の顔面に左手をべたりとくっ付けた。衝撃と共にくぐもった声が手のひらの向こうから聞こえてくる。 「っ許可してないぞ」 「今日の分がまだだろ?」 「……いや、朝しただろ」  一瞬騙されかけたが、別れ際に触れるだけのキスをしたことを思い出してそう返答する。すると、俺の手のひらについたままの唇が強く俺の皮膚にくっつき、反射的に手を引っ込めた。 「手のひらで我慢しようと思ったんだが」 「手のひらにもするな!」  全く、油断も隙もないな。にやりと不敵に笑うその顔が恨めしい。  そんなやり取りを続けていれば、気付けば窓の外は紺色に塗り潰されて、人工の灯りが所々を照らし始めていた。

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