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 ふう、と一息ついたところで、突然『呑気に飯食ってんな、お前』と呆れたような声が聞こえた。此処にいる誰のものにも似ていないその少し高めの声に内心戸惑ったが、それが鼓膜を通してではなく脳内に直接響いたことに気付く。この感覚は初めてではない。この声も、聞いたことがある。 『おい。聞いてんのか、聖』  苛立ちが混ざる問い掛けに、俺は心の中で聞こえてる、と返答した。その返事がきちんと伝わったのか、ふん、と息を吐き出すような音が聞こえて、続けて言葉が紡がれる。 『あの橘って野郎、そのまま帰す気か?』  思わず橘を視界に入れて首を捻った。急に視線を向けられた橘の頭も、俺と同じ方向に傾ぐ。どうした? と橘に聞かれ、何でもないと首を振って視線を吊られた右腕に注ぐ。  神弥の言葉の意図が分からない。  そのまま、帰す? どういうことだ? わざわざ橘を引き留める理由はないだろ。  俺の心の声は神弥に筒抜けのようで、『あ? お前まだ気付いてねえのかよ』と心底馬鹿にしたような声色が伝わってくる。いちいち癪に障る態度だなと思えば、聞こえてんぞ、と即座に求めていない返事がきた。プライバシーもなにもあったもんじゃない。厄介すぎる。 『ここでも悪夢を見て叫ぶつもりか? あのサイコ野郎に痛めつけられたから今は大人しくしてるみてえだが、次はまた出てくるぞ』  本能の調子を把握し辛い俺としては、神弥からの忠告は有り難いが、解決策が分からない。性欲を発散すればいいのではないかという仮定を置いて試してみた自慰も、結局失敗に終わっている。  お手上げ状態の俺に、神弥は器用に長い溜息に似た音を発した。 『そいつに抜いてもらえ』  告げられた言葉に、俺の思考が一瞬止まった。再び橘に無意識に視線を向けてしまい、怪訝な顔をする橘が網膜に焼き付く。 『どういうわけか知らねえが、本能サマはそいつが気に入ったみたいだぞ』 「な、冗談じゃないっ!」  意味をやっと理解した瞬間に口をついて出た声に、病室内の人間の視線が一挙に俺に集まる。息を詰まらせてどう言い訳するか考えてる間にも、神弥は話を続けている。 『悪夢を見なかった前夜にそいつに抜いてもらったろ。一回ヤってんだから何回ヤっても変わらねえよ』  馬鹿か、と吐き出しかけた言葉を、焦りから湧き出た唾と共にすんでで飲み込んだ。  しかし、俺の考えはすべて神弥にダイレクトに伝わっている。自分のものとは違う不快な感情が心へ流れ込んでくる。 『寄越せ、身体』  今までで一番低い音が頭に流れた途端、意識が急速に遠退いていく。次に自我を取り戻した時には、既に体の自由が利かなくなっていた。

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