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余韻に浸る暇もなく、橘は動けない俺の荒れた下半身の後始末をする。下着と入院着を着せられている姿は、端から見れば自分で着替えさえできない幼子のようだろう。記憶のなかに微かに残るその幼い頃の自分に戻れたらと思うのは、欲深いだろうか。
手際よく事の始末を終えた橘は、てらてらと光る自分の口の周りをトイレットペーパーでさっと拭い、上機嫌にふふんと鼻を鳴らしながら立ち上がった。その一瞬だけ橘の支えがなくなり、自力で立つことができていなかった俺の身体がふらりと地面に向かって傾ぐ。重力に逆らうために踏ん張る足の力は、今の俺にはない。
あわや倒れるといったところで、間一髪橘の腕が俺の腹を捉えた。胃の下辺りにかかった衝撃にうっと息を詰めたが、顔面から床にぶっ倒れることは回避できた。
「っ……わ、悪い……」
「腕は大丈夫か?」
振動によって走った痛みを堪えながら、橘の問いに頷く。その直後、凭れかかる状態から体勢を整えようと動かした左手が、感じ慣れない固いものに触れた。
「っ……」
今回息を詰めたのは橘だった。その反応の意味がすぐには理解できず、足の裏をしっかり床につけてから自分の手の先にあるものを確認して俺は唾を呑み込んだ。
橘のスラックスの前部。俺よりも大きなものがその存在を示すようにこんもりと膨れ上がっている。
「っすまない、手が……」
「気にするな」
「それ……」
「……まあ、好きな奴の痴態を見れば、男はこうなるだろ」
視線をそろりと俺から外しながら、橘は主張しているそれを隠すように少し前屈みになる。俺を支えるための腕が腹から肩に移動して、くるりと後ろを向かされた。鍵が閉まった状態の扉が目の前に現れる。
「悪い、一人で帰れるか?」
いつものような自信満々な声ではない。少し辛そうな、弱ったような、そんな声。昨晩、耳元で懇願する言葉を紡いでいた声によく似ている。
自分の好きなように俺の言葉を受け取ると言っておきながら、俺に気を遣い続けている橘に、胸の中にもやがかかっていく。
何故、もっと橘の好きなようにしないのか。
こんなことを考えるのは、腕の痛みで思考がおかしくなっているせいなのか、神弥が俺の気付かないうちに思考を弄っているからなのかは分からない。あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。
ただ、俺の中に橘から求められたいという欲求が現れたのは確かだ。
「歩けそうなら、先に帰っててくれ」
橘の声が背中にかかる。もう自力で立つくらいの足の力は戻っている。この扉の鍵を開けて、橘の指示通り一人で帰ればいい。事は為したのだから、神弥も文句は言わないだろう。
「……鍵が閉まってる」
「左手じゃ開けづらいか? だったら──」
「出られないから、帰れない。お前と一緒じゃないと、帰らない」
自分でも滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。息を呑む音が背後から耳に届く。橘から何か返答が来る前に、俺は首だけを後ろへ向けて告げた。
「……早く抜けよ。手伝ってやる」
突然の申し出に脳の理解が追い付いていないのだろう、普段は不敵な笑みばかり浮かべているその顔に間抜けな面を貼り付けて俺を見る橘の姿は、存外気持ちの良いものだった。
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