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*
──……
狭い個室に反響する、水気と滑り気が混ざり合った音と熱を感じる息の音。
そのどちらも、俺から放たれているものではない。
「……っ……は、……」
目の前の橘は、眉根をこれでもかと寄せて、肩で息を繰り返している。いつも余裕綽々な様相を見せている顔は、見る影もない。
差し伸べている俺の左手は、橘の大きな手のひらに包まれて、橘自身に擦り付けられていた。先走りで濡れた手は、摩擦を感じることなくぬるぬると剥き出しになった排泄器官に刺激を与えているらしい。時折少し出っ張ったところに指が引っ掛かると、荒い息が一瞬不自然に途切れる。
手のひらから伝わる肉感と熱。普通は知らないはずの他人のそれを、俺は知ってしまっている。不覚にも、橘に捕まって身体の内側を暴かれたあの時に。
自分の中を遠慮なく抉る感触を不意に思い出して、ずぐん、と下腹部がうねった。まるで、その感触を再び求めるかのように、あれから一度も触られていない後ろがひくりと震え、きゅうと自分でも分かる程に中が締まる。
最悪な体験だったはずだ。無理矢理抉じ開けられて辱しめられた、最悪な出来事。思い出したくもない記憶。
それなのに、橘の律動によって手のひらに与えられる刺激が、強制的にあの時の快感を思い起こさせる。熱くなっていく身体は、確かにあの飛ぶような快感を追い求めていた。
「……っく……!」
律動が止まり、びくんと震えた逸物から出た白濁が、俺の手を汚した。橘に握られていなければ思わず手を引っ込めてしまっていたほどの熱さ。その粘液の温度や感触が、実際に胎内で感じたものとシンクロする。どくどくと容赦なく注ぎ込まれたあの熱が、今この手の中にある。
──この熱が、欲しい。
「……悪い、汚したな。平気か?」
ぼう、と眺めていた左手をトイレットペーパーで拭かれて、ようやく正常な思考が戻ってきた。何に対する質問かは分からなかったが、動揺を顔に出さないように無言で一度だけ頷く。
橘はさっと性の痕跡を片付け、トイレの鍵を開けた。橘に促されるまま個室から出て、まだ粘液の感触が残る手を水道で洗う。
「……明日もしてくれるか」
隣で同じように手を洗う橘にそう言えば、橘は驚いたように俺の方を見た。細い目を丸くしたまま、「あ、ああ。分かった」と少し上擦った声で返答が来る。そこに僅かな歓喜が含まれているのを悟って、俺は流れる水に視線を固定したまま言葉を続けた。
「悪夢を見ないようにするためだ。精を放てば治まるらしい。実際、お前にベッドで触られた次の日は、悪夢を見なかっただろ」
「……そういうことか。分かった、協力する」
明らかに落胆の感情が声に混じる。橘の想いに漬け込んでいることへの罪悪感と同時に、自身が感じた理解できない感情の発露を押し留められたことに安堵した。
病室への帰り道は、行きとは反対に橘に手を引かれる形になった。柔く掴まれている左手首に感じる体温が、いつになく心地好かった。
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