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  『本能のせいだ』  俺が明確な質問として訊ねる前に、神弥から一言短い言葉が飛んでくる。その答えに、俺は思わず疑わしさから眉を寄せた。  本能と言えど、たかが自分の中に住まう一人格に過ぎない。それが、どうしてそんな人間離れしたことを行えるのか。 『お前の言いたいことは分かる。でもな、あれは人格のうちに収まらない。身体の組織の常識すら変えやがる』  神弥の言葉をすぐには理解できず、さらに眉間の皺が深くなる。すると、神弥から唐突に問いかけられた。 『聖、今体はどんな感じだ?』  肘の痛みがないことと、全身の倦怠感に胃の不調、頭の重さを訴える。すると、神弥は『それは、本来体の生命維持に使うエネルギーを骨折部分の再生に費やしたからだ』と言った。 『さすがに理性の方がまだ強いから最低限必要なエネルギーは死守したみてえだが、ここまで来てるとなると、お前の理性が全部喰われるのも時間の問題だな。そうなれば、お前の身体は細胞一つに至るまで本能の思うままに動くことになる』  神弥の話は俺の中の常識には当てはまらないぶっ飛んだものだが、何故か脳はそれを事実として理解した。いや、そうせざるを得なかった。何故なら、神弥の話以外に、俺が人外じみた状態に陥ったことを説明できる要素がなかったからだ。 『ついでに言やあ、本能はサイコ野郎を最優先に殺すことにしたみたいだ。サイコ野郎を殺るためなら、どれだけ怪我をしてもその治癒に体内のリソースを最優先で割くだろうな。例えば、刺された腹を短期間で治すために、心臓を動かすためのエネルギーを使用する──とかな』  傷を治すために、心臓を止める。それは即ち、死を意味する。  昨晩、神弥から告げられた言葉が過った。  ──あいつは危険だって言ってんだよ──  あれは、意味だったのか。 『やっと分かったかよ』  回りくどい言い方をしたのは神弥の方だと言うのに、呆れたような物言いをされた。素直にさっきの説明をしてくれればよかったのに。  しかし、神弥も言い分があるらしい。 『じゃあ昨日の段階でお前の身体は本能によって化け物じみた状態になりかねないって言って信じたか? 信じねえだろ? 結局自分が体験しねえと人は信じねえんだよ』  まさにその通りだ。昨日の時点で説明されても絶対に信じない。脳内の神弥に対して、バカにするな、そんなことあるわけないだろ、とわざわざ口に出して反論している自分が容易に想像できる。  俺が珍しく反論せずに言い分を受け入れたことに少しは気を良くしたのか、神弥はいつになく優しい声を脳に響かせた。 『オレはお前の味方だからな、聖』  数分前なら疑っていたであろう言葉を、俺は素直に受け止めた。

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