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今は十時過ぎ。迎えが二十時前となると、ほぼ十時間もここにいることになる。そんな長時間、何をするつもりなのか。
俺の頭に疑問符が浮かんでいるのを察したのか、橘が口を開いた。
「藤原と話がしたいんだ」
「話?」
「昨日、お前が意識を失っている間に花咲と話していて気付いたんだが、俺は藤原のことをあまり知らない。そもそも知る機会がなかったからな。感度が良いことと喘ぎ声がエロいことしか、俺は知らない」
「一発殴っても良いか?」
「冗談だ。いや、事実ではあるけど────その拳を下ろしてくれると有り難い」
今すぐにでも打ち出せるようにキツく握った左手を渋々ベッドの上へ下ろす。橘相手だと、こういった脅しもあまり効かずに不発に終わってしまって面白くないな。
「逆に藤原も俺のことをあんまり知らないだろ。だから、俺が藤原に自分のことを教えるかわりに、藤原も俺に色々と教えてくれ。好きなものとか、この学園に入るまでのこととかな」
「……まるでお見合いみたいだな」
ぽろっと溢した感想に橘が目を輝かせて身を乗り出した。
「いいな、俺と藤原でお見合いしよう。それなら、お前と結婚できるな」
「っそういう意味で言ったんじゃない! そもそも男相手にどうなるつもりもないって言っただろ、何だ結婚って!」
「お見合いは結婚するためのものだろ?」
「飛躍しすぎだ!」
天然なのか、からかっているのか。どちらにせよ、橘のペースに引き込まれたのは確定だ。
はあ、と肩を大きく落として長い息を吐き出す俺を、橘の漆黒の瞳が愉しそうに見遣る。さらにツッコミを入れたくなる気持ちを抑えて、話の続きを促した。
「……で、何から話すんだ?」
「そうだな……じゃあ好きなタイプから言い合おう」
「タイプ?」
「男の好みだ」
「お前の頭にはそれしかないのか!?」
さも当然といった風に澄まし顔で言い放つ橘に、思わず声が大きくなる。直後、コンコン、と強めに扉がノックされたかと思うと、すーっと扉が横へ開き、困り顔の看護師が顔を出した。
「廊下まで声が響いてしまっていますので……」
「す、すみません。気を付けます」
慌てて謝れば、橘も無言で頭を僅かに下げる。しかし、先程までの笑みはどこへやら、橘の表情は無を体現したような状態になっている。自惚れかもしれないが、橘は俺の前以外では驚くほど無愛想だ。
看護師が去るのを待って、もう一度橘に視線を戻す。さっきよりも若干表情が柔らかくなっているのを確認して、「男の好みはない。お前の好みは言わなくて良い。次だ」と強制的に話を変えた。橘は少し肩を竦めたが特に反論する様子もなく、俺の言葉通り別の話題について話し始めた。
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