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 少しして俺が手を口から離すと、橘は「大丈夫か?」と俺の顔を覗き込んできた。黙ったまま小さく頭を縦に動かすと、橘は手のひらを自分の膝の上に戻して、再び口を開いた。 「……まあ、そういうことだ。組織もバレないようにしていたようだし、俺自身も証拠は残すなと言われていたから注意を払っていた。だが、急に告げられた組織の解散と同時に俺は警察に捕まった。消してきたはずの今までの殺人の証拠をすべて揃えられた上で、だ。なんなら俺が見学しているだけだったものもその中に入っていた」 「……それ、嵌められたってことか?」 「……分からない。でも、人を殺したことは事実だ。それに、見学していたときの俺は罪に問われない年齢だったからその分は不起訴になってる」  それでも、あんまりすぎる。自分たちの都合で殺人者にして、罪を押し付けて逃げるなんて。 「警察の取り調べで、初めて俺が世間一般では認められていないことをしてきたんだと知った。人を殺すことは、その行為の代償に自身の命を差し出さなければいけない程の大罪なんだとな」 「──後悔は、してるのか?」  頭で考えるよりも早く口が動いていた。  橘も、俺と同じように後悔に苛まれていてほしいと願った。そうすれば、俺は橘とその傷を舐め合うことで、背負ったものの重みを少しでも忘れられるのではないかと思った。  いや、違う。ただ安心したかっただけだ。橘も俺と同じ弱い人間なのだと、だから弱くても大丈夫だと自分に言ってやりたかっただけ。 「────していない」  太い芯に支えられた返答は、俺の仮初の心の平穏をいとも容易く崩した。 「正直に言うと、今でも俺は人を殺すことが何故悪いのかがあまり分かっていない。人間は他の動物を殺す。家畜や魚は食糧だとしても、虫はどうだ? ただ邪魔だから、鬱陶しいから。それだけの理由で殺すだろ。俺からすれば、人間も虫も同じだ。俺にとって、組織にとって、邪魔なものは排除する。それが当たり前だと思っている俺が、今更奪った命を悔いるなんて自分を偽るにも程があるだろ」  その代わりに、と橘は決意の目で揺れる俺の瞳を見据えた。 「俺は人を殺した事実から逃げることはしない。全ての罪を呑み込んだ上で、俺は自分の人生を全うする。一人の人間として、自分の生きたいように生きる」  罪を背負うのではなく、呑み込む。  奪った命を背負って贖罪のために誰かが歩むはずだった道を歩んでいる俺と、罪も命も全てを呑み込んで誰のためでもない自分自身の道を歩む橘。  他人から見れば反省せずに開き直っていると思われるだろうが、そうやって向けられる他人からの毒すらも橘は呑み込むのだろう。 「──強いな、お前は」  ぽろ、と零した言葉に、橘はふるふると頭を横に振った。 「いや、全くだ。人に強制するには暴力が一番だという認識がこびりついているせいで、言葉よりも先に手が出てしまう。藤原を犯してしまったのも、俺の自制が足りなかったせいだ。本当にすまなかった」  がば、と深く頭を下げられる。俺は逡巡したあと、「……もう、しないんだろ」と返した。橘は勿論だ、と即答した。

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