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「次はお前の番だ、藤原。Eクラスだから、万引きか何かか?」  努めて軽く放たれた橘の言葉を、唇を引き結んで頭を左右に振って否定する。 「俺は……本当はEクラスじゃない」  橘の眉がぴくりと動いた。その頭の上に微かに浮かぶ疑問符に対する解答を口にする。 「…………Sクラス、なんだ」 「エ、ス……」 「……ああ。俺も、人を殺した。沢山、殺した。俺は人を殺すことが許されない行為だと分かったうえで、自分の欲を満たすためだけに人を殺したんだ。初めは自分の中で悪人と決めた人間だけを殺して自分の行為を正当化していた。けれど、段々善悪の境界が分からなくなって、善人も悪人も関係なく本能の赴くままに殺して、殺して、殺して────両親も、殺した」  口から吐き出される言葉が止まらない。  怒りか、恐怖か。適正温度に保たれているはずの病室で、身体が小刻みに震え始める。 「俺は生きてはいけない人間だった。殺人に欲情する異常者なんて、この世に生まれてはいけなかった。俺もあの時兄と一緒に死ぬべきだった。いや、兄の代わりに俺が死ぬべきだった。化物が生まれる前に死ぬべきだったんだ! こんな、こんな────ッ!」  心に閉じ込めていた後悔が涙と共に洪水のように溢れ出る。生きると決めた自分の決意さえ引きずり込んでいくような黒い沼が眼前に広がっている。背負った罪も命も投げ出したい。今すぐにでも藤原聖という存在を消してしまいたい。  痛い。苦しい。辛い。  楽に、なりたい。 「っ……!」  今まで見ていた幻覚ではない、文字通りの暗闇が目の前に現れる。同時にぶるぶると震えていた身体を、自分のものではない温度が包んだ。  言葉もなく。動くこともなく。ただ、規則正しい心拍音が顔の骨を伝って、調和させるように俺の心臓の動きを元の状態へ戻していく。  とくん、とくん、と、橘と俺の鼓動が混じり合って一つの音になる。その状態が少しだけ続いて、ゆっくりと体温と鼓動が離れていった。 「普通の奴じゃないのは気付いてた。食堂でも、屋上でも、お前から向けられた殺気は今まで感じたことがないくらいに深かったからな。だからこそ俺は藤原に興味を持ったんだが」  呆けた顔を橘に向ける俺の頬に、そっと添えられる他人の肌。その温かさに、腫れ始めた目蓋を半分ほど落とす。 「どれだけお前が死にたくても、俺が死なせない。お前に恨まれようが、絶対にだ。絶対に俺より先に死ぬことは許さないからな」 「……俺を置いて、お前が先に死ぬのはいいのか?」 「いや、それも駄目だな。お前を看取るのは俺だ。ん? となると一緒に死ぬしかないのか……? いや、一緒に死んだら看取れないか……?」  真剣に悩み始めた橘が可笑しくて、自然と頬が緩んだ。  俺を否定する訳でも肯定する訳でもない。しかし、俺の存在に意味を持たせてくれる。 「…………橘、ありがとな」  うんうんと唸る橘にそう言葉を投げかければ、橘はあまり理由が分かっていないような微妙な顔で「あ、ああ」と返事をした。その顔が妙に面白くて、また俺は笑った。  

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