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第六章 王様殺し・奇襲
◆
淡い月が照らす学園の地面。それをしっかりと踏みしめた橘は、その足を寮ではなく校舎の方へ向けて動かした。光がそこかしこに散らばる寮とは対照的に、視界の中で大きくなっていく校舎は闇に包まれている。
校舎に着いて、行く末を拒む扉に手をかける。夜間は施錠されているはずの扉は、橘を誘い込むかのように少しの抵抗もなく開いた。
しん、とした廊下を進む足音は、一つだけ。一寸先すら視認し辛いその道を、橘は躊躇なく進んでいく。
階段を上りきり、遠く向こうに微かに漏れる光を視認すれば、橘の足は一層早く回転した。
光のある教室まで辿り着けば、その中から小さな話し声が聞こえてくる。その声を確かめた橘は、教室のドアを開けて光の中へと足を進めた。
もう消灯時間近くだというのに、豪邸の応接間のようなきらびやかな教室内では、少なくとも五十人以上の生徒が皆真剣な表情で何かを話し合っている。
「あ、橘君! おかえり」
扉から一番離れた奥から橘を迎え入れた声の主は、視線を橘へ寄越しながらも器用にノートパソコンのキーボードを叩いている。そんな花咲へ軽く手を上げて、橘は部屋の中央にあるソファーに腰を下ろした。
「藤原君は、予定通り明日退院?」
「ああ。午後に俺が迎えに行くまで病院で待てとも伝えてある」
「ありがとう。藤原君に心配かけないためにも、手早く終わらせちゃおう」
朗らかな表情をキリ、と引き締めて告げた花咲に、隣でパソコンの画面を覗いていた長谷川がおい、と呼び掛ける。
「圭佑、これじゃ俺たちのところに戦力が偏りすぎだ。偵察の奴らがポシャったら元も子もない」
「あー……じゃあ桑山先輩に先に陽動してもらって、後から合流してもらおうか……正直これでも戦力ギリギリだと思うよ」
「副会長はどうした? 数に入ってないが」
「襲われて入院中──っていう設定だから、戦力に数えられるのは最後の最後だけ。その前に皆倒れちゃったら意味ないからね」
長谷川と花咲の会話を耳にしながら、橘は一週間前のことを思い出す。
藤原が入院した日、寮に戻った橘は自室へ帰る前に花咲たちに告げた。
藤原が学園に戻ってくる前に危険を排除しておきたい、と。
つまりは、司馬を筆頭とした『全知全能』のメンバーの無力化。もっと詳細に言えば、メンバーたちの病院送り。
殺す、と言えなかったのは、藤原に殺すなと釘を刺されていたからだ。あの言葉がなければ、橘は問答無用で司馬の首を落としていた。
意外にも、橘の提案に一番に乗ったのは花咲だった。遅れて鈴木や長谷川、戸田も賛同する。黒矢は不安そうにしていたが、少し考えた上で意を決したように大きく頷いた。白谷は黒矢に従うと言った。さらに、次の日に花咲から福永や桑山、DクラスやEクラスの面子も協力してくれるとの話を聞いた。
だが、戦力の差は歴然だ。橘自身や桑山など力が突出している者は何人かいるが、大体はいわゆる上位クラスと呼ばれているAクラスやBクラスの連中よりもそういった喧嘩の経験は圧倒的に少ない。神沢も参加するとは言っていたものの、教師という立場上大っぴらに巻き込むわけにはいかないと花咲がメンバーから外している。つまり、真っ向勝負を挑んでも反対にやられる可能性が高い。
そこで、橘たちは奇襲を仕掛けることにしたのだ。
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