265 / 282

*

 一週間かけて司馬たちの動向を把握し、作戦を綿密に立てた。実行日が藤原の退院日というかなり危うい日程にはなってしまったが、藤原が学園に戻ってくるまでに終わらせられるならいつでもいいと橘は思っていた。むしろ、病院送りにするメンバーたちと藤原がかち合わなくて良いと考えるべきだろう。 「橘」  向かいのソファーから橘の横へ移動しながら、鈴木が呼び掛けた。橘は隣に座った鈴木へ視線だけで返答する。 「いよいよ明日だな」 「……お前たちは、本当にいいのか?」 「ん? 何がだよ」 「俺から提案しておいてなんだが……明日仕掛けるのはただの生徒同士の喧嘩とは違う。まがりなりにも『殺し合い』だ。藤原から色々とあいつらの話は聞いたが、まともな思考は持ち合わせていない。五体満足で死ねたら御の字ってところだぞ」  お互いを知るためという名目で藤原から聞き出した司馬の今までの行為は、倫理観が欠如している橘ですらやり過ぎだと顔を顰めるほどの残虐さだった。  生きている人間を文字通りぐちゃぐちゃにして、痛みに藻掻き苦しむ様子を見て嗤い、その果てに息が絶えれば仕上げとも言わんばかりに肉や臓器を掻き回し、そうしてふと飽きて遺体の後始末を他人に放り投げる。  想像するだけで胸が焼ける。同時に、その危険に前々から藤原が晒されていたのだと思うと、司馬という存在をこの世から消し去ってしまいたいほどの激情が胸の奥から沸き立ってくる。  険しくなる橘の表情に、鈴木ははあ、と一つ息を吐いた。 「んなの分かってるよ。実際藤原も酷い有り様だったし、水野も殺されかけてんだ。それでも、俺は藤原(ダチ)の力になりてえし、この学園をあんな奴らに好きにされるのは御免なんだよ」 「……そうか」 「ま、言い出しっぺがお前なだけで、此処にいる奴らはみんなお前と同じ事思ってっから」  辺りを見渡しながらバンバン、と丸まった橘の背中を叩く鈴木。橘も同じように視線を巡らせ、視界に映る生徒たちの顔に覚悟を認めると、「そうみたいだな」と小さく口を動かした。 「てか俺らのこと気にしてんだな。藤原のことしか考えてねーと思ってたわ」 「相手が悪すぎる。そこら辺の雑魚が相手なら何も思わない」 「それは俺らのことを信頼してるからってことでオッケー?」 「……さあな」  何だよつれねーな! と口を尖らせる鈴木に橘は少しだけ眉間の皺を緩めて、お返しとばかりに一発鈴木の背中へとその大きな手のひらを打ち付ける。 「いってえ!!」 「明日は頼んだぞ」 「口で言うだけでいいんだよそういうのは! ぜってー手形ついてんじゃんこれ!」  ソファーから腰を上げて花咲の方へ向かう橘の背中に、鈴木の泣き言が大声で浴びせられる。近付いてくる橘に視線を寄越した長谷川が、「煩くて悪いな」と詫びを入れた。 「俺は先に寮へ戻る。何か問題があったら呼びに来てくれ」  そう言いながら、橘は金色のカードキーを花咲に手渡す。 「うん。時間までに誰も行かなかったら、昨日話した通りによろしくね」  ああ、と短く返事をして橘が踵を返す。その視界に、顰めっ面の戸田がゆらりと映り込んだ。 「何だ」 「明日は絶対俺の足引っ張んなよ。お前を認めた訳じゃないからな」 「お前こそ邪魔はするなよ」  売り言葉に買い言葉な橘の返しに、戸田の両眉がさらに中央に寄っていく。普段はこのまま言い合いになるところだが、戸田は珍しく何も言い返さずに橘をこれでもかと睨みつけるだけだった。そして、くるりと後ろを向いて、鈴木がいるソファーの方へ去っていく。 「静利君なりの激励だよ」  花咲からかけられた言葉の真偽は橘には分からなかったが、「そうか」と一言呟いて緊張感に包まれた教室を後にした。

ともだちにシェアしよう!