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「げえー、きったねー。別の奴であーそぼっと」  ぺっ、と吐瀉物の上から顔面へ唾を吐き掛け、矢野は床に転がっている別の生徒の上に跨がる。ごす、と意外にも重い拳の音が鳴る毎に、弱々しい呻き声が廊下に響いた。扉から入り込んでくる秋口の爽やかな風に合わせるには些か物騒すぎるBGMだ。  そんな矢野を少し離れたところから見ていた司馬のそばに、橋立が戻ってくる。 「……」  橋立の左手は朱く濡れ、嗜虐心を煽る匂いをさせている。先程まで橋立が居た場所には、生死をすぐには判別できない程に壊された生徒たちが鉄臭い液体を纏って折り重なるように倒れていた。  しかし、橋立の表情は優れない。不満があるのか少し眉間に皺が寄っている。 「分かってる。これはまだ前座だ」  橋立が伝えたいことを理解した司馬は、顎で目の前の階段を指し示した。途端に橋立の額から皺が何本か消え、僅かに口角が上がる。  橋立と同じように手を血に染めている矢野の方へ向かい、頭を追い抜き様に叩く。 「いたっ!」 「先にもっと遊べる奴らがいる。行くぞ」 「行く行くー!」  至極楽しそうな声が廊下に反響した。矢野は掴んでいた生徒の襟首を無造作に投げ捨てると、先を歩く司馬と橋立の後ろを追いかけた。わざと大きな足音を鳴らしながら、三人は階段を上がっていく。  二階の階段周りのフロア。一見誰もいないその場所に三人が到達する。司馬はそのまま上の階へと足を伸ばし、ふ、と嗤うような息を漏らした。 「ほら、遊んでやれ」  司馬の呟きに、矢野は口の端を吊り上げながら大きな瞳を見開いた歪な笑みを、橋立は細い目をすう、とさらに細めて左の頬をぴくりと動かし仄かな笑みをそれぞれ浮かべる。次の瞬間、矢野と橋立は強く床を蹴り、階段からは死角になっているはずの左右の壁の裏へ飛びついた。 「っひ……!」  目の前に現れた悪魔に生徒が零せたのは、その一瞬の悲鳴のみ。  惨劇は繰り返される。いとも簡単に、何人もの生徒の意識が奪われていく。逃げ出す暇はない。助けを求める暇もない。その目に姿が映ったが最後、何もかもが消え失せる。  司馬が三階に到着したと同時に、下の階から階段を駆け上がる音が響いた。少しその場で(とど)まっていれば、矢野と橋立の姿が司馬の両隣に現れる。 「おまたー! ザコすぎて遊ぶ暇もなかったんだけどー」 「……」 「まあ待て。この先がメインだ」  不服そうな二人を宥めかすように司馬が答えた。再び階段を昇り始めた司馬の二段下を、二人が並んでついていく。 「なあそーちょー、これってあれ? 仕掛けてきてる感じー?」 「藤原がいない間に殺るつもりだな、あいつら」 「はー殺れると思ってんのまじ頭めでてえねー。オレが全部殺ってい?」 「好きに……」  そこまで言いかけた司馬が口を噤んだ。暫し思案するように視線を天井へ向ける。そうして四階の床を踏むと、くるりと踵を返した。  窓から差し込む光が、司馬の顔面を隠すように影を生む。その中で唯一爛々と光る瞳に、憎悪が滲んだ。 「──いや、俺に偉そうな講釈を垂れてきたあの野郎だけは俺が殺る」

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