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一年生の教室がある四階フロア。その一番端の教室。Aクラスと書かれた札の下で、橘は目を瞑りながら壁に背を預けていた。
微かに橘の鼓膜を揺らす音は想定していたよりも酷く、自然と眉間の影を濃くしていく。
じわりじわりと近づいてくる気配。それに伴って、悲痛な声も大きくなっていく。
「…………」
争いに犠牲は付き物だ。幾度となく現場を見てきた──いや、作り出してきた橘にとって、そんなことは当たり前のことだった。それなのに、今胸を騒がせるこの感情は何だ。橘にとって、守るべき存在は藤原一人だけのはずなのに。
ダン、と橘の足元に続く床を震わせる音が鳴る。その瞬間、周囲の空気がいっそう張り詰めたものに変わったことに橘は気付いた。
近付いてくる足音と共に、それだけで切り裂かれそうな明確な殺意が橘の体を撫でる。きゅ、と高い音を鳴らして、足音は数メートルほど離れた場所で止まった。
瞑っていた目をゆっくりと開く。そのまま眼球だけを足音のしていた方へ向ければ、あの日藤原を痛めつけていた憎き敵の姿が網膜に像を造った。
「ほら、お前らのだろ。要らねえから返してやる」
真ん中に立つアッシュグレーの髪の生徒がそう言うと、向かって右側に立っていた橘よりも背の高い生徒が、肩に担いでいた何かを橘の方へ投げ捨てた。
どさ、と重たいものが床を打つ音と同時に、弱々しい呻き声が一瞬だけ橘の鼓膜を揺らした。顔を確認しなくても分かる。司馬たちの体力を削るために配置していた生徒の一人だ。特攻にも近いその役割を進んで引き受けたのには何か訳があったようだが、この際そんなことはどうでもいい。
「舐めた真似してくれたなァ。そんな雑魚で俺を殺れると思ったか?」
「朝の運動にもなりゃしねぇし、つまんねえのー。でぇ? お前はちゃんと遊んでくれんのぉー?」
耳障りな下卑た笑いが橘の耳を汚す。司馬を見据えたまま、橘は地面に横たわる生徒の体を起こして廊下の壁へと凭れかけさせた。司馬は余裕綽々といった様子で手を出すこともなく、橘の行動を観察しながら隣の生徒へと話しかける。
「こいつは俺が殺る。教室の中に気配があるからお前らはそっちで遊──」
一瞬の隙。司馬が橘から横の二人へ意識を向けたその瞬間、橘は床を蹴り上げてまるで瞬間移動のように司馬の眼前に体を移した。
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