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世界がスローモーションになる。
握った拳を徐々に包み込んでいく布の感触。それに比例するように、指の骨に届き始める堅くて脆い身体からの抵抗。
今回は確実に入っている。そして、橘がやるべきことは──。
「ッぐぅ……!」
離れていく司馬の顔が肩越しに橘の瞳に映った。歪む口から見える食い縛った歯。ギリ、と硬いものが削れる音が遠ざかっていく。
「っ……………………ハァ?」
腹を抑え、俯いたまま唸るように出された声。地面に向かって放たれたはずのそれが、前にいる橘の首根っこをギュッと掴む。
垂れ落ちる前髪の隙間から、ぎょろりと動いて瞼を押し上げた目玉が橘を見る。ばっちりと合った視線に乗せられた感情に、橘は生唾を飲み込んだ。
「……テメェ、今抜いたな?」
ギリギリと歯を擦り合わせながら、溢れ出そうとするものを抑え込むように言葉が吐き出される。殺意、なんて生易しいものではない。今まで向けられてきた殺意が単なるおふざけに思えるような、言葉に出来ないほどの圧。
一瞬でも気圧された自分に発破をかけるように、橘は爪が掌に食い込むほど固く拳を握りしめた。
「……ハハッ、はははッ! あはははははははッ!!」
唐突な嗤い声と共に、ゆらり、と廊下に落ちた影が奇妙に揺れる。ふらふらと左右に体を揺らしながら体勢を戻した司馬が、顔をあげて橘へ歪んだ口元を晒した。
そうして、その狂気に満ちた笑顔が、スイッチを切ったように一瞬で無に変化する。
一気に温度の下がった辺りの空気が、橘に警鐘を鳴らしている。
先ほどまで大きく開いていた口が、ぼそりと小さく動いた。
「お前、やっぱり殺すわ」
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