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 ◆  つい先ほどまで隣にいた存在が突如消え失せた。  その事実を呑み込めていない敵の様子を、長谷川と戸田はすぐ近くの教室から覗いていた。  敵の親玉には二人の気配がバレていたようだが、良いタイミングで橘が遮ってくれた。そして視線の先には、橘が蹴り飛ばした相手の方を眺め、状況の判断を放棄している獲物が二匹。 「行くぞ」  長谷川が呟くよりも早く、戸田が教室から飛び出していた。地面を蹴る音に気付いたらしい二人の視線が、戸田の方へ向こうとする。その目が戸田の姿を捉える前に、手前にいた背が小さい方の生徒の顔面目掛けて、見た目に似合わず節張った男らしい指を折り曲げたその拳を突き刺した。 「ッうお!」 「チッ」  さすがの反射神経か。視界の端に映ったらしい拳を、相手はすんでのところで避けた。しかし、急激な上半身の動きに下半身が付いていかなかったようで、相手の体が横に崩れていくのに合わせ、戸田はもう一度声をあげて拳を振るう。 「オラッ!」  今度は鈍い音を響かせながら、戸田の手から放たれたエネルギーが相手の頬を歪ませた。くぐもった呻き声を耳にした長谷川は、戸田に向けていた意識を自分が対峙すべき人物へと移す。  突然現れた敵の姿に視線を奪われている、もう一人の標的。仲間に危害が加えられたからか戸田に今にも襲い掛からんとしているその人物は、長谷川の存在に気付いている様子はない。 「余所見するなよ」  せめてもの情で、がら空きの背後からそう声を掛ける。そこでようやく長谷川に気付いた相手が振り返ろうとするが、時既に遅し。直後に長谷川の放った蹴りが、その長身の横っ腹に突き刺さった。

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