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普段なら、多少なりとも相手の体が吹っ飛ぶはずだった。
「……ッ!」
長谷川の足が動きを止めた。いや、止められた。
いつも振り切れるはずの足が、横っ腹に突き刺さった場所で止まっている。手などで抵抗された訳でない。極太の大木に向かって蹴りを放ったとしか思えない衝撃が足に伝わってくる。
直感が告げる。これは、駄目だ。
瞬時に退くことを判断し、長谷川は相手から素早く距離を取った。直後、先程まで長谷川がいた場所に相手の拳が突き出される。風を切る音が聞こえる程の速さに、思わず息を呑んだ。
表情筋がぴくりとも動かないその長身の生徒の眼球が、長谷川を見る。その奥で燻っているであろう怒りの火種を燃え上がらせるのが、花咲から伝えられた長谷川の与えられた役割だ。
──……
「アイツらを怒らせろ?」
思わず耳に入ってきた言葉を繰り返した。
奇襲の二日前。アジトと化した生徒会室で、目の前の小さな同級生は長谷川の言葉に至極真剣な表情で頷く。
「司馬君たちと争うのは今回限りじゃない可能性の方が高いでしょ。今後のためにも、司馬君たちの本気がどこまでのレベルなのか確認しておきたいの。情報は集めてみたけど、司馬君、矢野君、橋立君──この三人に関しては、喧嘩のスタイルに関する情報がなさすぎる。チームとして動き出してから、闘ってる記録がほとんどないの。正直、あの三人が今どこまで強くなってるのかが分からない」
「でもわざわざキレさせる必要はあるか?」
「多分この三人は怒るほど冷静になるタイプだと思うんだ。矢野君は少し怪しいけど、司馬君と橋立君は確実に。そういうタイプは、経験上暴れ出すタイプよりもたちが悪いから」
「経験上って──……ああ、神沢先生か」
長谷川が納得した声を出せば、はは、と花咲は苦笑を浮かべた。確かにめちゃくちゃに暴れ出す人間は見た目は危なく見えるが、動作が大きく狙いやすい。その反面、冷静な上に怒りでパワーをあげられては、対処できるものも出来なくなる。
「危険なのは承知の上でお願いしてる。無理だと思ったら一旦逃げてくれていいから。記録は学園中にある監視カメラで確認できるし、情報を陽動部隊の桑山先輩や陽太君たちに伝えれば──」
「キレさせた上で潰せばいいんだな?」
花咲の言葉を遮るように平然とそう言い放ったのは橘だ。橘からの言葉を想定していなかったのか、花咲は少しだけ口を開いたまま停止し、その後きゅっと唇を引き結んでしっかりと頷いた。
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