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  「…………お前は、殺す」  ぼそ、と低く呟かれた言葉が長谷川の耳に入る前に、再び顔面へと先ほど以上の衝撃が走る。強制的に呼吸は止められ、代わりに痛覚が訴えた信号が脳のみならず全身を駆け巡った。ゴツゴツとした物質が長谷川の脳を外側から揺さぶる度、新たに鼻や口から噴き出した液体が、霞んだ長谷川の視界に朱を添える。痛みは既に飽和して、視界が揺れる毎に身体を支える力は失なわれていく。 『危ないと思ったらすぐ逃げてね』  止まらない耳鳴りに紛れて、心配そうに言った花咲の言葉が反芻される。しかし、今の自分に逃げ出すだけの余力はもうない。ならば。 「っばか、すか……殴り、やがって……!」  全て投げ出して楽になりたい気持ちを抑え、なけなしの力を振り絞り、自分の胸ぐらを掴んでいる腕を両手で押し退けるように引き剥がそうと試みる。予想通りびくともしない橋立の腕。しかし、今までされるがままだった相手からの反抗に何かを警戒したのか、長谷川の顔への衝撃が止んだ。  長谷川に残された最後のチャンスだった。今度は橋立の腕が自分から離れないようにしっかり掴み直す。ぐい、と頭を後ろにひいて、目の前にある球体へ勢いをつけながら痛みにまみれた自身の頭を打ち付けた。 「ッオラァァ!」 「っぐ……!」  初めて聞こえた橋立の呻き声。渾身の一発は幸いにも橋立を怯ませるくらいには威力があったらしい。それでも掴んだ胸ぐらを離さないのは、彼の意地だろうか。  いくら身体を鍛えていたとしても、頭は鍛えられない。無論自分にも同じだけのエネルギーは向かってきているから諸刃の剣ではあるが、これで少しでも他の奴らが橋立を抑えてくれる確率が高くなるならば。  遂に限界を迎えた脳でそんなことを思いながら、長谷川は保っていた意識を手放そうとする。 「おーおーやってんなァ!」  聞き覚えのある声が、ほとんど機能していない鼓膜を揺るがした。その声とほぼ同時に長谷川を持ち上げていた力がふっと消失し、重力に従って身体が床に落ちる。衝撃が身体を包んだ瞬間、ぷつりと長谷川の意識は切れた。  

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