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 映像を見た際、卑怯だ、と一瞬思った。だが、すぐにそんな単純な言葉をぐちゃぐちゃに塗り潰すほどの憎悪に、戸田は襲われた。自分の大事な仲間に命を脅かすほどの危害を加える司馬たちへ、自分では抑えられないほどの激情が湧き上がる。自分にこんな感情がまだあったのか、と辛うじて残っていた理性が他人事のようにそう感じるほどだ。  本当は主犯の司馬にその怒りをぶつけたかった。だが、事前に得意の情報収集によって司馬に関しての情報を得ていたらしい花咲に止められた。戸田が相手をするにはあまりにも危険すぎる、とのことだ。その結果、司馬の相手があの藤原を襲ったSクラスになったことに、戸田は今でも納得はしていない。その不満による苛立ちも含まれた敵意は、代わりに相手を任せられた矢野に全て注がれている。   「ま、だまだ……」  ずり、ずり、と元の色が分からなくなるほど汚れた制服を床に擦り付け、矢野は再び戸田の方へ少しずつ近づいてくる。自身の血で半分以上が赤く濡れた顔に、口角だけを吊り上げて作った下手くそな笑みを貼り付けたその姿は、常人であれば本能的に恐怖を感じるほどに異質だった。だが、そんな矢野の姿を見て、戸田はただ小さく溜め息を吐く。 「そんなぼろぼろな状態で何ができんだよ。死にたくなかったら諦めた方がいいんじゃない?」  矢野の目線の先に座り込み、前半の突き放すような声色と口調から一転、後半は人が変わったように宥めるような声、そして楽しそうな笑顔で矢野を煽る。端から見れば、矢野と同じくらい戸田も異質な人間に映るだろう。しかし、この場にそんな常識的な倫理観を持った傍観者はいない。  矢野は苦しげな息の合間にヒヒッ、と声を漏らした。 「ま、だ……始まっても、ねえよ……っ」  こんな状態になってまで強がりか、と戸田は矢野を哀れむ。しかし、自身の状態を理解していないのか、ずずず、と血の道を描きながら近づいてくる矢野の瞳には快の感情しか見えない。痛み、苦しみ、悔しさ、そういった負の感情が一切伝わってこないのだ。

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