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ややこしすぎる恋模様

 とは言ったものの、図書館は十八時には閉館してしまう。この時期その時間帯はまだ暑いから帰りたくないななんて考えてから図書館を出て大通りを見渡すと、あちこちにぼんぼりやら提灯が飾ってあるのが目に入った。  そうか、土曜夜市や夏祭りの時期だった。  確か、去年は盆踊りに借り出されて練習が大変だった。一年おきの持ち回りだから、来年も当番が回ってきて職場で出場するのだろう。  できれば、その時までにはここから居なくなっていたいと思った。  自転車を押して屋台を見ながら駅方面へと向かう。もう随分肌に馴染んだこの街の空気が嫌いではない。寧ろ、人口が減る一方の地元よりも、活気がありこれからも発展するであろうこの南部の街が気に入っている。  ずっとここに居ようと思っていた。  そう決心して田舎から出て来たのに。  屋台を冷やかす人が増えてきて、そろそろ自転車が邪魔になるから脇道に入ろうと見回していると、浴衣姿の女性二人が孝也に向けて扇子を持った手を振っている。 「吉木っ」  声を弾ませて薄紫の浴衣を着付けた水上が寄って来た。隣で白地に紺の模様が入った昔ながらの浴衣を着ている女性が微笑んで会釈する。パーマの掛かった髪を夜会巻きにして後れ毛がセクシーで、何処かで見たようなくっきりした美人に孝也は戸惑った。  周りを歩いている男性たちも、ちらちらと二人を視界に入れている。  そんな二人に両脇を固められ、断ることも出来ずに近くに駐輪してから、孝也は夜店巡りに付き合わされる羽目になってしまった。  職場繋がりだからと言うのもあるだろうが、水上は山浦などに呼び出されて遊びに出てきても、何処か取り澄ましているような、一線引いた丁寧な態度で接している。それでいて親しさも感じさせる程度に砕けた様子も見せるから、そういう人なのだと思っていたし、きっと他の人もそう思っているだろう。  だが、きっと今同級生と居る水上こそが、素の人格なのだろうと思う。  訊けば、二人は高校三年間で親しくなり、就職した水上とは離れて、彼女は関西の有名な女子大に通っている。それで孝也は思い出した。そこのミスコンで優勝していたのが彼女で、たまたまテレビに映っていたのを観て、下手なタレントより余程綺麗だと見入ったのだ。珍しく健吾とも意見が合ったのを憶えている。  メイクも殆どしていないようで、元々目鼻立ちがくっきりとしたゴージャスな美人。そして水上は逆に一つずつのパーツは質素なのだが、全体的にしっとり整った清楚な美人。二人が並んで歩きじゃれていると、少し人通りの少ないここいらでも誰もが一度は顧みる。  それが誇らしくもあり、恥ずかしくもあった。  メインストリートに近付くに連れて人が増え、男連中の視線が突き刺さるように痛い。  中田がまた新しい女性と腕を組んでいたが、孝也を見て悔しそうにしていた。視線で射殺されそうで冷や汗が出る。  水上は下駄だからパンプスの時と同じくらい身長が高くて、孝也と殆ど変わらない。同級生は水上より五センチほど低いのだが、並ばなければ判らない位に大きく見える。それは圧倒的な存在感のせいだろう。その人が居るだけでパッと華やぐ。そんな外観の持ち主だった。  そう、視覚的に目立ち過ぎるのだ。  嬉々として屋台で買いまくる水上は、孝也に財布を出させる暇を与えず、しかも奢りと言われて追加でもう一つサービスしてもらったりして、肘の辺りを拘束されたまま荷物を持つ孝也は大変なことになっていた。  出店の男たちは孝也を冷やかしたり羨ましそうにしたりしながらも、綺麗な女性には無条件でサービスをしたいらしいと、この日孝也は学習したのだった。  一旦まっすぐ駅方面に向かい、ぐるりと回り反対側の沿道を通ってまた元来た方へと戻る。そうしている間に盆踊りやチアダンスが始まり、足を留めて見守る人が増えて歩き回りづらくなってきた。  踊りが始まるということは関係者も増えるというわけで、一体どれだけの人数に見られているのかと孝也は気が気じゃない。月曜日の職場は水上のスキャンダルで荒れるだろう。   水上たちはそれでいいのかと問おうとした矢先、良く知った声を喧騒の中から拾った気がして、孝也は顔を上げた。  体を硬くしたのに気付き、その視線を追った水上もちらりと見たものの、特に驚いた様子は見せずに、手に持ったままだった苺飴を口に含んだ。三人の足が止まる。  ああっ、と叫んだのは山浦で、隣には浅尾が居て、腕を組んだ健吾と三村が居る。三村は何故だか敵対心剥き出しの眼差しで水上を凝視していて、驚いた後に怒りの表情になった健吾から、孝也は逃げ出したくなった。  数メートル離れたところから人を掻き分けるようにしてやって来た山浦は、不満そうに口を尖らせている。 「ちょっと、吉木、どうなってんだよ」  どうなってると言われても、孝也にだって良く解らない。仕方ないから水上の反応を確かめようとチラリと見ると、鋭く山浦を見ながら、いつものおっとりした微笑を浮かべていた。素の顔は引っ込んでしまっていて、勿体無いと孝也はそちらに気を取られてしまう。 「うっちー」と水上が呼び掛けながら微笑み、山浦は華麗にスルーされた。 「やっぱり三村さんと付き合ってるんだね~おめでとう。私みたいな可愛げないのよりずっとお似合いだよ? こないだ花束までくれたから、てっきり私のこと好きなんだと思って舞い上がっちゃった。ごめんね、勝手に勘違いして。でももう他の人にそういう思わせぶりなことしちゃ駄目だからね。お幸せに」  まずにっこり笑い、それから悲しそうに睫毛を伏せ、困ったように微笑んでから、最後にひと睨み。  目の端でそんな百面相を見ながら、孝也は健吾の表情もつられて変化するのを感じ取っていた。  しまった、失敗した。そんなところだろう。  孝也は自分のことのように悲しくなった。  水上は、勝手に家を教えた浅尾に対しては嫌悪感を持っているが、健吾からのプレゼント自体は嬉しく思っているようだった。健吾があのまま水上だけにアプローチしていれば、もしかしたらということもあったのだ。  水上は、健吾の良いところはちゃんと解っている。進展がなかったように思っても、それは健吾の感覚だけで、水上からすれば、山浦や中田よりも健吾の方を恋人候補の上位に上げていたのだ。  そんなこと、今更口にしてもどうにもならない。  確かに今健吾の隣にいるのは三村で、水上と反りが合わないらしいのにそっちを選んだんだから、余計に水上は不満なのだろう。  孝也だって女心は解らないけれど、今目の前の男二人が孝也に対して若干の敗北感を抱いているのは解っている。だから、三村はともかく水上だって、自分が多少気に入っていた、デートに応じるくらいには好きだった相手が目の前で自分の嫌いなタイプの女と仲良さそうにしていれば、不満に感じないはずがないのだろうと思う。  なんてややこしいんだと、自分が渦中に放り込まれているのも重々承知で、冷静に観察してしまっていた。

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