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ことばが、愛撫のように

「よしき」  ああ、もう駄目だと思った。  理性の糸がぷちんと切れて、正面から片山は孝也を抱き締めていた。 「なんてこと言い出すんだよ、お前はっ」  濡れたままの髪が互いの肩口を濡らし、頬を湿らせる。 「かた、さん?」  驚いて瞬きした瞬間に孝也の頬を涙が伝い、一旦体を離した片山はそれに気付いてそっと唇でそれを受けた。 「片さん、なんで」 「いやか?」  素直に首を振る孝也を見て微笑み、それからそっと唇に重なり、また離れて行く。  いや? と聞かれて正直にいやじゃないと言えば、深く口付けられて、久方ぶりの甘い刺激に孝也の脳は蕩けた。  未知の場所に訪れた冒険家のように、最初は慎重に、それから徐々に大胆に中を調べる舌先。柔らかで強引なその侵入者に絡め取られながら、孝也は鼻に掛かった声を漏らし、体の奥が熱くなるのを感じていた。  前ボタンを一つずつ外していく指先がそのまま肌に触れ、そこからまた熱が広がる。 「吉木、好きだ。あの手首を見てしまった日に気付いた。だけど、あれはただの暴行の跡じゃあないんだろう? だから、余計にずっと打ち明けられなかったんだ……」  でも、もう無理だ。そう言って至近距離で孝也の瞳を覗き込む瞳には、紛れもない情欲が揺れている。  先刻別れ際に一瞬だけ見た健吾の冷めた瞳を思い出し、孝也の胸は疼いた。 「あ……かた、さ……(さとし)っ」  初めて名前を呼ばれて、歓喜にどくりと胸が高鳴る。賢は前を寛げたその胸に口付けて跡を残しながら、腰から手を滑らせるようにして下も脱がせた。その手に触れられ撫でられるだけで孝也の腰はびくびくと跳ね、顕わになった中心は芯を持ちながら揺れた。  胸の突起を口に含み舌先で転がすと唇を噛んで首を振る。歯を立てて甘噛みしたり引っ張ったりしてもう一度丹念に舐めると、喉を逸らして喘いだ。  それを見て、やはりと暗い炎が灯る。  初めてこんなことをされても、殆どの男はこんな反応は示さない。敏感な体質だとしても、まずはくすぐったがるのが普通だ。  賢も男相手は初めてだが、ふざけ半分に学生時代に友達同士で少しなら触り合った事がある。   だから嫌悪感もないが、これが普通じゃないこともちゃんと解っているのだ。  恐怖しながらも、単純に水上と賢のように健吾の身に起こったことを茶化せなかった孝也。あの時は半信半疑で、けれど傷のことと関連させて、そして今の反応。  下に伸ばした手で先走りを絡めながら竿を扱いても、驚きすら表さない。行為自体に体が慣れている証拠だった。  更にその奥を濡らして指を沈めても、確かに暫く使われておらず硬く閉じていたが、中に入ると絡みつき、官能を刺激する甘やかな声を漏らしながら、賢の首に腕を回す。  腰を押し付けるようにするから、指を増やして少し動かすと、あっという間に弾けて賢の指を締め付けた。 「あ、あ、あ、ごめ……」  眦から涙を伝わせながら震える唇に食らい付き、更に指を増やして掻き回すと、あっという間にまたそそり立つ。  何度も何度も名を呼ばれ、その度に切羽詰まって苦しくなっている己自信を認め、ようやく自分でパジャマを脱ぎ捨てて賢は中に押し入った。 「あっ、そこいい、んっ、あ、あぁ」  もう半分以上正気でないのか、惜しげもなく声を上げて自分が好い箇所を告げる口。  淫らに動き、もっともっとと雄を求める腰の動きは限りなくエロティックで、陶酔しながらも意識の隅で悔しがる己も感じている賢。  こうまで開発しておきながら、反抗も何もされないだろうに、無茶苦茶に孝也を壊そうとした健吾に対する怒り。  そして、大事にしたいのに、そんな健吾をいつまでも心の何処かで想い期待している孝也に、目を覚ませと、俺だけを見ろと詰りたくなる部分を理性で押さえ込み、それでも下半身を穿つ動きに迷いはなかった。  イキそうになり抜こうしたら、ぎゅうと腰に腕を回され、間に合わずにそのまま放ってしまった。  今までに経験のないくらいの解放感。まるでそれが至高の餌であるかのように、賢の楔に纏わり付き放流物を奥へ奥へと誘う襞の動きに眩暈がしそうだった。 「ぁ……いい。さとしぃ」  しっとりと汗に濡れた喉を鳴らし、中と連動するかのように孝也の喉仏が動く。  絶頂の余韻でぐったりとしていた賢とは独立したものであるかのように、中にあるままの己の分身が力を取り戻した。  伏せられていた瞼が上がり、熱に潤んだ瞳が、もっと頂戴と誘っている。  なんて変わりようだと唾を飲み、賢は前に屈んで思うさま上下の口を貪った。  ぱちりと目を開けると、孝也の首の下から伸びた腕と軽く指を曲げた手の平が目に入った。いつの間にか壁際のベッドの上に寝ている。  閉じたカーテンの隙間から日差しが一本の線になり、ラグの上に道筋を作っている。それさえなければ今が何時かも判らないような静けさに、遮光カーテンって凄いなあと孝也は思った。  目に入っている腕は自分のものではない。反対を向けばきっと顔がアップになるのだろうなと思いながら、記憶が飛んでいるわけではないから昨夜の痴態を思い出してかあっと紅潮した。  健吾とのことがあってから、一度も性交渉がなかった。それ以前には、回数なんて憶えていられなくなるくらいに健吾にだけ抱かれてきた。  あんなにも、健吾以外の男なんて無理だって思ってたのに。  全然平気、というか寧ろノリノリだった自分を思い出し、俺ってゲイなのかと頭を抱えて転げ回りたくなる。  こういうのなんて言うんだっけ……。ああ、そっか、淫乱って言うのか。  何だか泣きたくなってきて、そっと布団から抜け出そうとしたら腕が動いて腰と胸を抱き締められた。  どうやら目が覚めていたらしい。 「孝也」  初めて名前を呼ばれて、どきんと胸が高鳴るのをそのまま賢も感じた。  ふふ、と嬉しそうに笑う吐息が孝也の首筋に当たり、孝也は再び熱の上がりそうな予感に唇を噛み締めた。 「起きる? メシ何にしようか」  そう声を掛けてくるくせに、日焼けした腕は孝也の体をいとおしそうにくるんでいるから身動きが出来ない。 「片さん、あの、俺……」 「最中しか名前で呼んでくれないのか」 「や、えと……さ、賢?」  うん? と襟足に唇を当てられて、それだけで腰の辺りがむず痒いような快感が走り、孝也は背をしならせた。 「ぅは……やめて」 「敏感なんだな」  囁き声が耳の中に落ちて、耳朶を噛みその後ろに這う舌の動きにびくびくと体が震えた。  とっくに出し尽くしたと思っていた中心から、透明な雫が零れ、それに気付いた賢が手を添えて扱く。 「や……ああ、駄目っ」 「よさそうだけど」  自分だけイかせるつもりなんだろうか。それは駄目だ。  孝也の思考回路は変なところで律儀で、待ってと言いながら腕を突いて体を起こした。  とっくに体はその気になっていて、このままでは治まらないのは解っている。  膝立ちになると、開いた足の間からとろりと残滓が伝い落ちて、仰向けでそれを眺めている賢が柔らかく笑った。  少し恥ずかしそうな素振りながらも、孝也は賢の腰の横に膝を突いて足を大きく開き、芯を持ち始めた賢の一物に手を添えて、割れ目を伝うものに先端をつけてぬるぬると孔の周りで動かした。前後に、そして円を描くように。  そうしてあっという間に硬くなったそれを自ら後ろにあてがうと、ゆっくりと腰を落としていく。 「くっ……」 「ぁあ、んっ、あ」  喉と背を逸らしながら根元まで納めたその下腹部に、賢は手の平を這わせた。 「いっぱいになってるんだな、この中」  優しくそっと撫でるから、圧迫感も何もかもが歓喜に蹴飛ばされて吹き飛んでいく。 「さとし……」  そんな大事そうに見つめられたら、どうしていいか判らなくなる。今までは、ただ性欲の赴くままに、言葉もなくただ貪られてきた。  愛撫はしっかりしてくれたけれど、愛玩動物の反応を楽しむかのような、観察するかのような眼差しだった。  それでも良かった。  ほかでもない健吾に、いくらでも選べる女性より自分を優先してもらっていると、そんな優越感だけで十分だったのだ。  だけど。  腕を優しく引かれて、孝也は賢の顔の横に両腕を突いた。賢の手が腰に添えられて、下から大きく穿たれて堪えきれない嬌声が上がる。 「いいとこ、教えて?」  じりじりと抜く動作が緩慢で、その途中のある地点で、ここで止まってと入り口が窄まる。  ここ? と腰を回されて、ああと熱い吐息が漏れた。 「気持ちい……んん、いいよっ、そこ」  眼差しが優しいまま、それでも紛れもない情欲を混ぜて微笑みかけられて、もう淫乱でもなんでもいいと、孝也は自分から顔を寄せて舌を差し出した。  口の周り、顎、と舐める舌先をぱくりと捕らえられ、甘く食まれて絡めながら中に誘われる。 「孝也、大切なんだ、お前が」  合い間に囁かれて、言葉が愛撫のようにずくんと体の奥深くを貫く。  そんな風に、幸せそうに見つめないで。 「んっ……イっちゃうよ、さとしぃっ」  胸も、その下の腹の中も、与えられたことのない熱量にオーバーヒートしそうだった。  既に夜に満たされている中のものが、動きに釣られて卑猥な水音と共に外に溢れ、耳からも犯されて脳が蕩けそうに弱ってしまう。  蠕動と共にきゅうっと無意識に締め付け、更に熱いものが中に放たれて、ほぼ同時に孝也も自身を解放したのだった。

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