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この感情を、何と呼べばいいの
久し振りなのに少し無茶をしただろうか。
立てないほどじゃないけれど体が重だるくてぐったりしていたら、風呂に入ろうと賢に誘われてどきどきする。
狭くはないが昔ながらのタイル敷きの風呂場はひんやりしていて、官舎の時にはあまり長湯もしなかったし二人で入ることもなかった。
単身者用のここの風呂の方が狭いけれど、頑張れば男二人浸かれないこともない。
だけどいきなりそれは恥ずかしすぎるんじゃないかと、孝也は真っ赤になって夏蒲団を頭から被った。
ついさっきまでもっと大胆にいやらしい格好で官能的に喘いでいたくせに、そのギャップが微笑ましくてついつい賢の口元が緩んでしまう。
「だって、中を綺麗にしないとヤバいんだろ?」
ぽんぽんと掛け布団の上からはたかれて、そうだったとひょこんと顔を出す。そしてバチッと目が合いまた布団を被って亀のようにひっこんで「一人でやるからいい」という内容のことをもごもごと言った。
ここで苛めても可哀相だから、賢はおとなしくひくことにして、食べるもの用意するからどうぞと小さなキッチンに向かった。
やがてもぞもぞと布団から出た孝也は、ベッド脇に軽く畳んで置いてくれている着替えを手に浴室に行ったのだった。
これで三度目か、と妙な感慨に浸る。
最高で最後かもしれなかった健吾との交わり。そしてレイプと今回の賢とのセックスで中に出された。とはいっても、今回のは孝也がねだったようなものだから仕方ないのだけれど。それ以外はスキンを着けてくれていたから、後の処理は楽だった。
生真面目な賢のことだから、もしももっとゆっくりと始めていたのなら着けていたのではないかと思う。最初にイく時も、外出ししようと腰を引いたのに、何故だか中に欲しくて引き止めてしまったのは孝也自身だ。
出す方は、生の方が確実に気持ち良いだろうと思う。けれど受け入れる方もやはり直接熱を感じられて、一ミリにも満たないあんな薄いものでも、ない方が確実に微妙な快感を得ることが出来るのだ。
これに味を占めて賢がもう中にしか出さなくなっても構わない。そこまで考えてから、そういえば賢は健吾にされたことに気付いていたのだと思い、我に返る。
自分自身の指で中から掻き出すという恥知らずな格好のまま、今更ながらに、果たして賢は本当にそれでいいのかと夢から覚めたような心地になった。
沸かし直してくれた湯に浸かり、口までぷくぷくと沈んで思考の波間にたゆたう。
好きだと、初めて言われた。
例え同性にでも、本気であんな熱の篭った目で瞳で見つめられて嬉しくならないわけがなかった。
もしもこれが、有り得ないけれど、山浦とかならば、ぞおっと鳥肌が立っただろうと思う。けれど相手は賢で。
嘘とか冗談なんかじゃないと解っているから、それでこうも嬉しいというのは、やはり好きということなんだろうかと自問自答する。
だけど確信じゃない。全然嫌じゃないから体を開いたけど、それなら健吾に最初にされたときと同じなのかと思い出そうとした。
あの時は、何がなにやら訳も分からなくて。
ただ、一緒に気持ち良くなろうと押し倒されて、そのまま力を抜いていろと半ば押さえつけられたまま、ただ突っ込まれて揺さぶられるだけだった。だけどちゃんと孝也のことも手でイかせてくれたから、次からの行為も特に抵抗なく任せてしまい……何処から知識を得てくるのやら、あちこち開発されていつしかしっかりと快感を拾い健吾のことも恋愛感情で好きなのだと自覚してしまった。
今はどうなんだろう。
最初からこれが気持ち良い行為だと知っているから受け入れてしまったのだろうか。
ずっと誰ともしていなくて、相手が賢で、好きだといわれて嬉しかったから受け入れたんだろうか。そこに孝也からの好意はあるのだろうか。
でも、嬉しかったんだ……。
結局はそこに行き着き、まとまらない頭のまま、湯船から出て冷水を頭から浴びてから外に出た。
「長かったな。もしかして中で倒れてるのかと思って開けようとしたところだよ」
少し心配そうな顔でキッチンから賢が声を掛け、ごめんなと返事をしながら慌てて体を拭った。
改めて明るい場所で見ると、胸元からずっと赤い印が散らされて、太腿の内側にまであることに気付いて、またかあっと顔が火照る。
そこはとても弱い場所で、散々啼かされて身を捩ったような気がする。思い出しただけでまた熱くなりかけて、駄目だ駄目だとさっさと衣服を身に着けた。
ラグの上に折り畳みのテーブルが出ていて、そこに炒飯の盛られた皿に中華スープがボウルに入って添えられている。肉団子とレタスだけの簡素なものだったけれど、二人で向かい合って食べてみてそのしっかりした味に驚いた。
「なんか本格的な味なんだけど」
「そうか? 市販のブイヨンに塩胡椒だけなんだけど。あ、肉団子は鶏と豚の合挽きだからあっさりしてるだろ」
へえーと頷きながら感心して食べていると、手を止めた賢があまりにもふんわり笑っているから恥ずかしくなってしまう。
「えと、な、なんか変かな、俺」
そわそわと視線を泳がせる孝也を見て、いや、と口元を手の甲で隠して、でもやっぱり目が微笑んでいる。
「幸せだな、と思って」
「え、な、なにがっ」
「昨日と今日のこと全部。それから、今こうやって傍に居られることも」
それって、それってつまり俺のこと?
唖然と賢を見て、それからボンッと火を噴きそうに耳まで真っ赤になってレンゲを持ったままじりじりと後ろに尻をにじらせた。
もうやだこの人。なんでこんなに真正面からそんな恥ずかしいこと言えるんだろう。
「孝也?」
首を傾げる仕草も、不思議そうではあるけれど、こいつ可愛いなあって今にも言いそうで参る。
「も、もうその辺でストップ! どきどきで死にそう……」
「あ、死ぬのは困る。でもさ、それってさ」
かたん、と、賢はレンゲを置いた。
「俺のこと、好きって言ってるみたいに聞こえる」
ふえっ、と変な声を上げて孝也が視線を戻すと、真剣な表情に戻った賢の視線とぶつかった。
どきどきと、胸に手を当てなくても判る鼓動。血が上って、こめかみの辺りもドクドク脈打っているのが判るくらいで。
は、と熱い息を吐いてから、孝也はレンゲの端を前歯でキュッと噛んで目を伏せた。
「そ、なのかな……」
違ってたら、困る。
だってまだ両想いなんてしたことがないから、このドキドキの意味が解らない。
今、好きって言って、もしも違っていたら?
やっぱり違ってたからごめんって、そんなこと賢に言えるわけがない。
だけど、今賢に嫌われたり離れられたりしたら、本当に死にたくなりそうな気がするんだ……。
「孝也、いいよ。自信なんて、確信なんてなくていい。今の態度見てたら、俺のこと特別に思ってくれているのだけは解るから。だから、もっとはっきり確信したら、いつでもいいから教えて? それと、この状態って恋人同士の認識でいいかな。俺、もう勝手にそう思っちゃってるけど」
好き、と言って、体を繋げたら。
恋人同士──。
「そ、そうだなっ。うん、こ、こここ恋人っ」
ぎゃあっと小さく呻いて頭を抱えて、それから指の間からそうっと賢を垣間見ると、言ったのは自分なのに向こうも少し赤くなっていた。
少なくともどちらかが明らかに恋愛感情を抱いていて、告白して体の関係が出来たら。世間一般には恋人同士。例えそれが同性間でも。
どちらも恋愛感情がなければ、セックスフレンド。そう、健吾との関係は、少なくともそれだと思っていた。自分は何も言わなかったし、勿論健吾だって一言もそれらしいことは言いやしなかった。
だけど、それでも良かった。あの日までは。
体だけでも──そう、思って。
そして、それすらも自分の楽観的な思い込みだったのだと思い知らされたあの日。
散々に打ちのめされて、それでもまだ、心の中から消えてくれない想いがある。
それを、賢に告げた方がいいのか、それが判らなかった。
言えば苦しむ。誰だって、自分の恋人が他の人を好きな気持ちを少しでも抱いていれば辛い。
だけど、こんなにも真っ直ぐに、ずっと傍で守りながら何も見返りを求めずに傍に居てくれたのに、隠し続けるのも不誠実だろうと思う。
あのさ、と口を開こうとした孝也を、視線だけで賢が押し留めた。少し陰のある、寂寥感に包まれた笑み。
ああ──解ってるんだ。
言い知れぬ不安に押されて、四つん這いでにじり寄り、レンゲはテーブルに置いてから、そうっと唇を合わせた。
「賢……今、傍に居てくれてありがとう。心からそう思ってる。俺も、賢のこと凄く大切だよ。離れてても、時々しか会えなくても、ずっと変わらずに居てくれた。会う度に、俺の中に占める面積っていうか、容積かな。増えていって……なんて言えばいいのか判んないけど、とにかく、凄く好きっていうのは本当。だから……今のところ、そんなのでいい?」
精一杯紡いだ言葉に、くしゃりと泣きそうな笑みを浮かべて「ああ」と賢は頷いた。
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