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その瞬間に、体を動かしたもの
食事の後、少しごろごろして過ごした二人は、最近出来たばかりだというショッピングモールに行ってみることにした。
特に何か欲しいものがあるわけではないけれど、シネマコンプレックスという形態の映画館が中に入っているというので、一通り歩いてから映画の一本でもと軽く考えていた二人は大変な目に遭った。
まず、駐車場に入れられない。ぐるぐる回って、どうにかタイミング良く帰ってくれた家族連れのスペースに入れ替わりに停めたが、屋上駐車場。二階から四階の屋根のあるスペースに停める人が多く、それから平面、一番競争率の低いところを狙ってようやくだった。
一人で来ていたら絶対に諦めて帰っていたと思う。
そうしてようやく入ってみれば、どっちを向いても人、人、人。通路の反対側の店舗を覗こうと思えば、突っ切るよりはぐるりと回って反対側を歩いた方が流れを乱さずに済むというくらいの多さに、離れ離れにならないようにと賢に手を握られてどきりとした。
「こんだけ込んでたら、誰も気付かないって」
そう言って悪戯をしているみたいに楽しそうに笑うから、釣られてくすりと笑ってしまった。
特に何泊するかは決めていなかったけれど、この休みは五連休だから、ぎりぎりまでいても構わない。
どちらもはっきりとそれについては言い出さず、今日は何か買って帰ろうかとか、それとも食料品売り場で材料を買おうかと話しながら、雑貨屋などでたまに足を止めては少しだけ覗いてみたりする。
映画館のある階は通路が長くて、上映中の映画のポスターが壁にずらりと飾られている。
他の場所より人が少ないから歩き易く、ポスターを眺めながら同じ階にあるCDショップの方に歩いていたら、渡り廊下のようなスペースに居る人物の背中が視界に入りぎくりと孝也の体が強張った。
人が少なくなってきた時点で賢は手を離してくれていたものの、触れ合うくらいに近くを歩いているのだから、すぐにそれに気付いて視線を追った。
人が多く居ても、常に頭一つ飛び抜けているその人物は余計に目に付いてしまう。
渡り廊下の反対側は軽食の店が並んだフードコートで、その手前で茶色いロングヘアの女性と話しているのは健吾だった。
まだ少し距離があり、話の内容までは聞こえない。尤も、いくら空いているといってもあちこちの店舗から流れてくる音楽や人々の喋り声で、余程傍に居なければ会話すら覚束ない。だから、二人も親密そうに身を寄せていて、よく見ればその女性は浅尾だと知れたけれど、孝也の胸は痛んだ。
そして、それを隣の賢に悟られるのが一番恐ろしくて、そっと賢のシャツの裾を掴んで、そのまま傍を通り抜けようと、鈍りそうになる足を叱咤して歩き続けた。
そんな孝也の様子をどう捉えたのか、黙って付き合いながら、盾になるように斜め前を歩く賢の背後で、孝也はどうにか誤魔化そうと視線を動かした。
そうして、気付いてしまった。
渡り廊下は、両側に手摺りが付いている。二人は向こう側の手摺り沿いで、ワゴンのアクセサリーを眺めながら話しているようだ。
そして、そんな二人を見詰めるもう一人の女性が居た。肩に掛けたショルダーバッグの紐を片手でギュッと握り締め、重苦しいほどに黒々とした髪は、すっかり腰を覆うほどに長い。印象的な大きな瞳は、少しやつれた感じの頬のせいもあるのか余計に目立っていて、孝也からは横顔しか見えないのに、それでも恐怖を覚えるのに十分な異質な光を湛えて二人を凝視していた。
あ、と声が漏れた。
その手元に、頭上の蛍光灯の明かりが反射して、あちらの手摺りの隙間から、孝也の傍の手摺りの隙間を縫って届く。
まだ距離がある。通路が途切れて、孝也と賢は渡り廊下との三叉路に来た。
近付いて、確信した。健吾と浅尾を、別のワゴンショップの陰から射殺しそうに見詰めているのは三村だった。
光の正体に気付き、孝也は息を呑んだ。
二人はその存在にすら気付いていない。
三村が両手で握り直して一歩前に出る。
孝也は賢の服から手を離した。
「健吾!」
声に気付いた健吾と浅尾が顔を上げ、振り向く健吾に向けて孝也が足を踏み出すのと三村が飛び出すのが同時だった。
「孝也!」
そして、賢がそれを追うように向きを変えたのも。
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