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予感 1
「海里先生、次は特別室の患者様ですので、ご移動を」
「お? 次は雪の王子さまの番か、分かった。今行くよ」
「くすくすっ、先生ったらその言い方。でもその通りですよね。本当に雪也くんは、いくつになっても可愛いままです。はい、これカルテです」
「その通りだな。ありがとう」
病院の長い廊下を特別室に向かって歩きだすと、窓の外はいつの間にか雪景色だった。
なんだ、冷えていると思ったら雪だったのか。
病院の庭にしんしんと降り積もる雪を眺めていると、あの晩のことを思いだす。
俺がこの病院の外科医として赴任してから、もう9年も経つのか。
3歳の時からずっと担当している冬郷雪也くんと知り合ったのも、こんな雪深い日だった。今ではこの俺が彼の主治医だ。
彼の住む白金台にある屋敷は、広大な敷地で、門から車寄せまで優雅なカーブを描いている。その格式高い冬郷家の御曹司が雪也くんだ。年の離れた兄がいるそうなので、次男坊だけどな。
小さな天使のようだった雪也くんも12歳になるのか。
幼い頃からの心臓病のせいで運動も制限され、本当に王子様のように大切に大切に守られ育った穢れなきお子様だ。
といっても金持ちを鼻に掛けるような我儘な子供ではない。性格も優しく思いやり深く、清らかで可愛らしくて……俺も大切に思っている存在だ。
「雪也くん、こんにちは!」
「海里先生!」
「おや? そのコートは学実院中等科の制服? 」
「はい。今日は制服の採寸で……コートは直接持って帰ってよかったので。あの……気に入ってしまったので着たまま帰ってきました」
「ははっ、そうだったのか。早く中学生になりたいんだね」
「はい!」
視線をずらせば隣には上品な笑みをたたえる母親。そしてその横には瑠衣がすっと背筋を正して控えている。
「ほらほら、雪也ったら、汗をかいているわ。コートはもう脱ぎなさい」
「雪也さま、コートをお預かりします」
ここは病院に作られた雪也くんのための特別室。
ふかふかのベージュの絨毯に猫足のテーブル。ゆったりとしたソファ。診察のためのベッドだって特注で、暖房のよく効いた快適な空間だ。
母親と執事に付き添われて、君は本当に幸せな王子さまだな。
「じゃあ診察するよ」
「はい。お願いします」
よし、顔色は悪くないな。少し鼓動が早いのと白い肌が薔薇色に上気しているのは、制服の採寸のせいか。
「少し冷たいよ」
「はい」
聴診器をあてて、心臓の状態を確認していく。
まだほっそりとした幼い身体は、こんなにも懸命に生きたがっていると感じる瞬間だ。
「よし、いいね。最近調子はいいみたいだね」
「はい。中学に入ったら、僕もみんなと一緒に体育の授業を受けられますか」
「んー残念ながら、それはまだかな。でも手術して体力つけたらきっと。それまでしっかり調子を整えて行こうな」
「そうなんですね。分かりました。そうなれるように頑張ります!」
彼はずっと定期的に病院に通い、毎日薬を飲んで発作が起きないように予防し、体に負担のない生活を繰り返している。
裕福な環境のお陰で、彼の心臓病は悪化せずにいる。
現状維持には変わらないが、大きな発作も起きず、このまま中学3年生
か高校1年生になった暁には手術を受け治療すれば、ちゃんと大人になれるはずだ。
恋も結婚も出来るよ。
だから俺を信じて頑張れよ。
「もう少しだ。頑張れ」
形のいい頭を撫でてやると、まるで子猫のように無邪気に笑った。
「ふふ。頑張ります。先生、僕ね……目標は兄なんです」
「あぁお兄さんがいたんだったね」
「はい、兄のようになりたくて……」
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